〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 九条が戻ってきた。助手席の扉から車を降りた美夜に九条が告げる。

『雪枝ちゃんを学校に送っていくから』
「わかった」

九条の後ろを一歩引いて歩く少女がうつむく顔を上げた。利口そうな少女の瞳が戸惑いに揺れる。

「この人は……」
『前に話したよね。バディの神田さん。仕事中は彼女と常に一緒に行動してるんだ』

 美夜も一緒だと知った途端に雪枝の表情に影が落ちた。影の種類はそれまで彼女が背負っていた戸惑いや怯えではない。もっと怒りに近い、黒い影だ。

「……やっぱりいいです。学校には自分で行きます」
『えっ? 雪枝ちゃん待って! 急にどうしたの?』

膨れっ面でイヤイヤと駄々をこねる雪枝を必死でなだめる九条の側で、美夜は溜息をついた。
九条から聞いていた話通りなら雪枝は秀才の優等生のはず。だが今の彼女は単なるお騒がせのワガママな少女だった。

「このままひとりでいれば補導されるよ。子どもっぽく駄々こねてないで、大好きな九条くんに学校まで送ってもらえば? 申し訳ないけど私達もあなたのワガママにいつまでも付き合っていられるほど暇じゃないの」

 優等生は無意識に上から人を見下ろしている。凄いね、偉いねと称賛される環境に慣れ、知らず知らずに優越感の海に浸り、そこから這い上がれなくなる。

時には大人を見下す彼らの上から目線な物言いも、成績が良ければ許される。

 だから自分よりも立場が上の人間に命令口調で指図されると、優等生は屈辱的な気分になるのだ。
この人には敵《かな》わないと思い知らされることを優等生は何よりも嫌う。

案の定、雪枝は悔しそうに美夜をねめつけていた。睨みの眼差しから伝わる雪枝のはっきりとした敵意を美夜だけが感じ取っている。

『お前はもう少し言葉選べよ……。今のはキツイぞ?』
「言葉を選んで優しくするだけが教育じゃない。時には荒療治も必要よ。ほら、荒療治の成果出てるじゃない?」

 美夜と九条の目の前で雪枝は警察車両の後部座席の扉を開け、自分から車に乗り込んだ。

九条が引き留めても従わなかったのに美夜に挑発された直後に大人しくなった雪枝の心理は、九条にしてみれば訳がわからないだろう。

「……フルリール?」
『車汚くてごめんね。雪枝ちゃんが見るものじゃないよ』

雪枝が乗り込んだ後部座席のシートには週刊ルポルタージュが放置されていた。九条が取り上げる一瞬の隙に表紙の赤文字を目にした雪枝は、フルリールの単語に反応を見せる。

「私、フルリール嫌いなんです」
『そうなんだ』
「嫌いな人が好きな物って無条件に嫌いになるんですね。私の嫌いな人がフルリールの小柴優奈が好きって言ってたけど、小柴優奈って薬物やっていたんですよね? そんなアイドルが好きなんて人を見る目ないですよね」

 美夜も九条も無言で雪枝の辛辣な言葉を受け止める。今は叱責の時間ではない。
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