〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
千代田区のビルの狭間から木崎愁は空を見上げた。
頭上の空は月も星もない濁った暗色。夕方から降り出した雨は、降ったり止んだりを繰り返している。
満月に近付いて膨らんでいるはずの月は今宵もその姿を見せてはくれない。
東紺屋町歩道橋の階段を上がる。わざと遅くした歩みは、沸き上がる怒りを制御するために必要な時間。
東紺屋町歩道橋は橋の一部が首都高に食い込む形で設置されている。首都高と接する部分はトンネル式になっており、歩道橋を渡る者は下の道を行く人々の視界から一瞬だけ消える。
相手が指定した時間まで5分早いが、隠れ蓑の橋のトンネルには男が立っていた。
こちらの顔は確認済みということだろう、男は愁が名を名乗らなくても勝手に口を開いて喋り始めた。
『君の話は舞からよく聞かされているよ。ずいぶんなつかれてるようだね』
『舞とはいつから会っていた?』
愁がねめつける相手は雨宮冬悟。伶と舞の血の繋がった伯父だ。
『あの子が中学三年生の時に街で声をかけた。もちろん偶然を装ってね。舞は素直に育ったねぇ。あの子は僕を“優しい吉田さん”だと思い込んでいるよ』
『その優しい吉田さんが、自分の裸の動画を隠し撮りして養父に送りつけていると知ったら舞はどう思うだろうな』
欄干《らんかん》にもたれかかる雨宮は鼻で笑った。舞が紫音に似ているのだから、紫音の兄の雨宮の面差しが舞に似ているのも必然。
特に人を小馬鹿にする意地の悪い微笑は、舞が時折見せる表情にそっくりだ。顔だけなら舞は夏木よりも伯父の雨宮に似ている。
これは遺伝子の悪戯。舞と重なる雨宮は、愁にとって対峙したくない相手だった。
『君は舞に本当のことは言わない。今日も舞とはメッセージのやりとりをしたんだ。僕が舞の裸が見たいと言ったら、喜んで裸の写真を何枚も送ってきた。素直で従順で、馬鹿な子だ。顔は紫音に似ていても舞はやはり育ちがいけないのかな』
今の発言で確信した。雨宮は舞に少しも愛情を抱いていない。伯父としての愛情も男の愛情も、彼の言葉には舞への愛情の片鱗すらなかった。
紫音の身代わりに舞を欲する点では夏木も雨宮と同類だ。誰一人、舞自身を必要としていない。
頭上の空は月も星もない濁った暗色。夕方から降り出した雨は、降ったり止んだりを繰り返している。
満月に近付いて膨らんでいるはずの月は今宵もその姿を見せてはくれない。
東紺屋町歩道橋の階段を上がる。わざと遅くした歩みは、沸き上がる怒りを制御するために必要な時間。
東紺屋町歩道橋は橋の一部が首都高に食い込む形で設置されている。首都高と接する部分はトンネル式になっており、歩道橋を渡る者は下の道を行く人々の視界から一瞬だけ消える。
相手が指定した時間まで5分早いが、隠れ蓑の橋のトンネルには男が立っていた。
こちらの顔は確認済みということだろう、男は愁が名を名乗らなくても勝手に口を開いて喋り始めた。
『君の話は舞からよく聞かされているよ。ずいぶんなつかれてるようだね』
『舞とはいつから会っていた?』
愁がねめつける相手は雨宮冬悟。伶と舞の血の繋がった伯父だ。
『あの子が中学三年生の時に街で声をかけた。もちろん偶然を装ってね。舞は素直に育ったねぇ。あの子は僕を“優しい吉田さん”だと思い込んでいるよ』
『その優しい吉田さんが、自分の裸の動画を隠し撮りして養父に送りつけていると知ったら舞はどう思うだろうな』
欄干《らんかん》にもたれかかる雨宮は鼻で笑った。舞が紫音に似ているのだから、紫音の兄の雨宮の面差しが舞に似ているのも必然。
特に人を小馬鹿にする意地の悪い微笑は、舞が時折見せる表情にそっくりだ。顔だけなら舞は夏木よりも伯父の雨宮に似ている。
これは遺伝子の悪戯。舞と重なる雨宮は、愁にとって対峙したくない相手だった。
『君は舞に本当のことは言わない。今日も舞とはメッセージのやりとりをしたんだ。僕が舞の裸が見たいと言ったら、喜んで裸の写真を何枚も送ってきた。素直で従順で、馬鹿な子だ。顔は紫音に似ていても舞はやはり育ちがいけないのかな』
今の発言で確信した。雨宮は舞に少しも愛情を抱いていない。伯父としての愛情も男の愛情も、彼の言葉には舞への愛情の片鱗すらなかった。
紫音の身代わりに舞を欲する点では夏木も雨宮と同類だ。誰一人、舞自身を必要としていない。