〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 だから舞は必要とされたくて考えなしに男に身体を差し出す。そうすれば誰かに必要とされると彼女は知ってしまったから。
確かに舞は馬鹿だ。けれど未成年の姪に手を出した最低な男に、舞を侮辱されたくなかった。

『夏木会長の自宅に案内する。下で車を待たせている。一緒に来てもらおう』
『本当は直接そちらに伺ってもよかったんだがね。僕が訪ねたところで門前払いされるだけだろう?』

 こんな男と肩を並べて歩きたくもない。愁は、今度はわざと歩を速めて歩道橋のたもとまで向かう。
階段を降りる時に背後を一瞥すると雨宮は愁の後ろを遅れてついてきていた。

 待機させていた車に乗車しても尚、後部座席の上座に座る雨宮はくどくどと紫音の話を語って聞かせた。

紫音がどれだけ思慮深く優しく、器量も良い女だったかを陶酔の眼差しで語る雨宮は、愁からすれば気持ちが悪い。
妹を称賛するにしても度が過ぎている。雨宮の紫音への情愛は家族の領域を超えていた。

 右耳から入る雨宮の話を聞き流していた彼が初めてまともに雨宮の相手をしたのは、話題が舞に及んだ時だった。

『君はなぜ舞の好意を受け入れなかった?』
『好意に応えることが本人のためになるとは思えない。未成年なら尚更だ』
『君が舞を愛していれば、あの子は僕を求めなかった。そうは思わないか?』

雨宮も夏木会長と同じことを言う。すべては、愁が舞を女として愛さなかった結果だと言いたげな口振りに苛つきが増す。

『あまりくだらない御託を並べるなよ。お前の借金は調べがついている。舞の動画を条件に、会長に金を都合させるつもりだろう?』
『話が早いな。少々まずい連中から金を借りてね。金と、できればそちらで連中と話をつけてもらえると助かるな。可愛い娘のためなら夏木会長はそれくらいお手のものだろう?』

 愁は返答しなかった。後の話は虎ノ門の夏木邸に着いてからだ。

 愁と雨宮を乗せた車は虎ノ門のタワーマンションの地下駐車場で停車した。日頃、夏木の自宅を訪ねる時と同様に、愁は住民専用のエレベーターに雨宮と共に乗り込んだ。

『一介の秘書に自宅の合鍵まで渡しているとは、夏木十蔵に相当信頼されているんだね』
『ただの年寄りの世話係だ』

 最上階の夏木邸では、家主の夏木十蔵ともうひとりの秘書の日浦一真が待ち構えていた。二十畳あるリビングに敷かれた毛の長いカーペットを踏み締めて、雨宮冬悟は夏木に会釈する。

『ご足労いただいて申し訳ないね』
『僕こそ不躾なメールを送り付けて大変失礼いたしました。快く迎えてくださって恐縮です』

夏木も雨宮も表面上は笑顔を取り繕っている。
自宅まで呼びつけたことも不躾なメールも、両者の本心からの詫びではない。腹の中に一物抱えている者同士、水面下の攻防戦は始まっていた。
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