〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 日浦は茶の用意で離れている。愁はジャケットのポケットに両手を突っ込み、立ったまま壁に背をつけた。
ソファーで対面する夏木と雨宮はまだ笑顔を保っている。

『金の用意はできているが、舞の動画の元データと交換だ。まずデータを渡してもらおう』
『わかりました。……こちらです』

大理石のセンターテーブルの中央に小さなUSBメモリがひとつ置かれた。

『データはこれで全てか?』
『ええ、全てですよ。ここで中身を確認いただいても構いません』
『そんな不粋な真似はしない。……日浦、あれをここへ』

 コーヒーを運んできた日浦に夏木は次の仕事を命じる。頷いた日浦は部屋の片隅で待機するアタッシュケースを運んできた。ケースの中身は現金一億円だ。

 動画データがあのUSBメモリだけとは思えない。他にもコピーが作られている可能性は夏木も愁も承知している。

『約束の物だ』
『感謝します』
『こんなはした金のために手の込んだイタズラをしたものだ。舞に近付いたのも、舞が私の養女と知ってのことだろう?』
『雨宮紫音をご存知ですよね。あなたが無理やり我が物にした僕の妹です』

 金を受け取っても雨宮は腰を上げない。
利口な人間は金を持って黙って立ち去る。それが最善だと、利口な人間は心得ているからだ。

馬鹿な人間はどうしても世間話をしたがる。むしろ雨宮の目的はここからが本番だろう。

『無理やりとは失敬だな。紫音さんは確かに存じている。私がビジネスで付き合いのあった明智くんの奥方だからね』
『その前からあなたは紫音と面識がありましたよね。……これは紫音の日記です』

雨宮はA5サイズの古びたシステムノートをバッグから取り出した。

『紫音が自殺した後、明智に頼まれて僕が紫音の荷物を埼玉まで引き取りに行ったんです。この日記は明智家で紫音が使っていた部屋で見つけました。ここに真実が書いてあります』

 紫音の名を表す紫のカバーのシステムノートは表面がわずかに剥げている。紫音が長年使い込んでいた証だ。

『あなたと紫音が知り合ったのは紫音が明智家に嫁ぐ前、あの子がまだ高校生の頃だった。雨宮分家主催の生け花の展示会であなたに声をかけられたと書いてありますよ。その後もあなたとは個人的な交流があったとも』

遺族であっても死んだ者の日記や手紙は閲覧を躊躇う。せいぜい遺品の整理で流し読みする程度が常識の範囲内。
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