〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
『あなたの嫁か愛人か知らないが、紫音はある女に嫌がらせを受けていた。明智も舞が自分の娘ではないと薄々気付いていた。それがビジネスパートナーのあなたの子だと明智は思っていなかったようですが、結果的に明智とあなたのせいで紫音は死んだ。あの子は不倫なんかできる子じゃないのに……。すべてはあなたが紫音をたぶらかしたせいだ』

 もうひとり、紫音を苦しめていた“ある女”の存在。その女の顔が脳裏によぎると、愁はいつも頭が痛くなる。

『君は紫音を清楚な女だと勘違いしていないか? 私は君以上に紫音を知っている。私に抱かれている時にのみ、紫音は女に戻っていた』
『うるさいっ黙れっ! 人の妹を魔性の女のように……! 僕の紫音は清らかで控えめで、清楚な子だ』

 自分のフィルターを通して見える理想の妹を偶像崇拝する哀れな兄は、妹に家族以上の歪んだ愛情を抱いている。
嫉妬に狂った化け物に成り果てた雨宮は立ち上がり、薄ら笑いを浮かべて絶叫した。

『じゃあこっちも教えてやる。舞の初めての男は僕だ。あんたと紫音の愛の結晶は僕がぐちゃぐちゃに汚してやった。舞はもっともっとって、自分から股を開いて何度も誘ってくる女だ。舞の身体にセックスの快楽を植え付けたのはこの僕だっ!』
『君はまだ勘違いをしているね。それが私への復讐になるとでも? 私が紫音以上に舞を愛してると思っているとしたら、勘違いも甚だしい』

 雨宮の盲点は“これが”夏木に対する復讐になると思い込んでいたところだ。
舞を傷付けても夏木には痛くも痒くもない。血を分けた娘も、夏木十蔵にとってはビジネスの道具でしかないのだから。

 雨宮は何も言えなかった。考え抜いた復讐の一手が、夏木にかすり傷も与えられなかったショックが彼を魂の脱け殻の棒人形に変えてしまった。

『舞を狙って私の弱点をついた気になって、さぞ気分が良かっただろう。そうして舞を人質にいつまでも私から金をむしりとろうとしていたのだとすれば考えが甘い。……愁、後は任せる』

 くだらない小競り合いを延々と聞かされていたこちらの身にもなれと、愁は夏木を睨み付ける。結局、最後に手を汚すのはいつだって愁だ。

スーツの懐に忍ばせていたワルサーがシャンデリアのライトの下にお目見えする。セイフティが外された銃口は真っ直ぐ雨宮を向いていた。

『俺に明智信彦の殺害を命じたのが誰かわかるか? そこにいる夏木十蔵だ。強請《ゆす》る相手を間違えたな』

 雨宮は声も出せず、震える足を動かして銃口から逃げ出した。紫音の日記帳も一億円のアタッシュケースも持たずに広い室内を逃げ惑う雨宮の頭に、無慈悲に弾丸が放たれる。

ぐにゃりと床に崩れ落ちた雨宮の頭部から流れる赤い血がカーペットを汚く濡らす。それを見た夏木は大袈裟に肩をすくめた。

『カーペットを新調せねばならんな。これをすぐに処分しろ。目障りだ』
『……会長、木崎さんの様子がおかしいです』

 日浦の視線の先には、大の字に伏して絶命した雨宮を見下ろす無表情の愁がいる。愁はもう一発、さらに一発、動かない雨宮の全身に銃弾を撃ち込んだ。
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