〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 人を殺したいと思った自分が赦《ゆる》せなかった。どうしたら自分で自分を赦せるのか、美夜は答えを出せずにもがいている。

だから選んだ刑事の道は、10年前の自分への決別と贖罪《しょくざい》。ここで大和を守らなければ、何のために刑事になったかわからない。

「私が刑事だって知ってたの?」
『ああ』
「伊吹の警護をしていることも……」
『知っている』
「どうして……」

 一歩一歩、近付く愁に後退する美夜。銃を持つ手は動揺で震え、構える姿勢が崩れかけた彼女の隙を愁は逃さない。

 躊躇なく銃口の前に立つ愁の冷たい瞳が泣いているようで、泣きそうな彼の表情に気を取られているうちに、美夜は愁に抱き寄せられた。
安全装置《セイフティ》を外せなかった銃が美夜と共に縮こまる。

『じっとしてろよ』

 耳元で囁かれた愁の声は不思議と優しい。後頭部を抱き抱えられ、押し付けられたスーツの肩口から愁の香りがしてこんな時でも心が高鳴る。

このぬくもりに会いたかった。
こんな最悪な形ではなく、明日の夜に……。

 愁の腕に閉じ込められていた緊迫の数秒間は、美夜にとっては地獄の夢。サイレンサーをつけていても銃声は鈍く轟き、彼が銃を撃った際の振動がこちらにも伝わってきた。

 しんと静まるトンネル内で動く鼓動は二人分。愁の拘束を解かれても、怖くて後ろを振り向けない。

背後には愁に銃殺された伊吹大和がいる。銃声はたったの一発。
確実に一発で仕留めるなら頭か心臓、愁はどちらかを撃ち抜いている。生死の確認をするまでもなく即死だろう。

『俺を逮捕しないのか? 目の前で人を殺したんだ。刑事なら逮捕しろよ』
「全部わかっていて、この状況で……なんでそんなことを言うの……?」
『お前になら捕まってもいいと思った。それだけだ』

 先ほどまでトリガーを握っていた彼の黒革の手が美夜の目尻から溢れた雫に触れる。愁の手や袖口から香る硝煙の匂いが、彼が何をしたのか物語っていた。

 接触するふたつの唇は熱を帯び、官能を感じるままに男と女はひとつに溶けた。唇を啄《ついば》み、表面を甘く擦ってなぞられて、最後は彼の舌で弄ばれる。

 溶け合ったぬくもりが離れても美夜はそこを動けずにいる。
身を翻《ひるがえ》して立ち去る愁を追いかけなかったのは、甘いキスの余韻に浸っていたせい。そういうことにしておきたかった。

 二十七歳最後の夜に交わした殺人者との口付けは、血と火薬の臭いにまみれた優しい殺戮の味だった。
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