野いちご源氏物語 〇二 帚木(ははきぎ)
本当におしゃべり好きな方なのよね。
まだまだお話しになったわ。
ちなみに頭中将様はわりと真剣に聞いていらっしゃる。
源氏の君は、聞いているのかいないのか、何か考え事をされているようなご様子だったわ。
この先は聞いていて腹が立つことも多いかもしれないけれど、そのまま再現するわよ。
「恋人はともかく妻の選び方は難しゅうございますな。内裏で働く男性はたくさんいるが、そのなかで将来一番帝をお支えできる方はどなたかと聞かれても、すぐには答えられないのと同じでございましょう。しかしながら内裏の場合は、いくら優秀な方でもお一人お二人で政治をなさるわけではございません。たくさんの役人が上の者も下の者も協力しあって、さまざまな仕事をしているわけです。
それに対して家庭の主婦は一人だけですから、何もかもそれなりにやれる女性でなければ困ります。しかしそんな女性はほどんどいない。私があちこちの女性と恋人関係になるのは、ただの女好きの遊びではないのです。頼もしい主婦になりそうな女性、できれば私が再教育する必要がなさそうな女性というのがなかなか見つからないだけなのです。
まぁ、そんな理想を追い求めているのがそもそも間違いかもしれません。世間を見回しましても、不足も不満もないお似合いなご夫婦などいらっしゃいませんからね。たとえ理想通りの女性ではなくても、縁があって結婚したのだからと結婚生活を続けてさえいれば、夫は誠実な人間に見えますし、妻だってそれだけの価値のある人なのだろうと世間から思われるでしょう。それでよいのかもしれませんね。
こんなふうに、私のような者でさえ自分に釣り合う妻というのは決めにくいものでございます。源氏の君や頭中将様にはすでにご立派な奥様がいらっしゃいますが、もし独身のころに男の勝手な理想を追い求めておられたら、釣り合う姫君などいらっしゃったかどうか」
源氏の君と頭中将様は苦笑いをしていらっしゃった。
調子に乗ってさらにお話をお続けになる。
「女性の良し悪しというのはどうやって決めたらよろしいのでしょうね。恋人関係になる前に分かるのは手紙の筆跡や文章、それから少し段階が進むと声をほのかに聞くことができますな。それらが優しくて女らしいと、これは良い女性だと思ってしまう。
しかしそういう女性は恋愛至上主義なことが多いのです。恋人関係になると、あふれる感情でこちらを振り回してくる。これでは良い女性とは言えないでしょう。
あとは極端なのも良い女性とは言えません。妻の一番の仕事は夫の世話ですが、そこに自分の趣味だとか細かすぎる風流だとかをいちいち押しつけてくる女性は困ります。ふつうに無難にやってくれれば十分なのです。
かと言って、効率的すぎる女性もどうでしょう。夫の世話を過不足なくてきぱきとしてくれるのはよいのですが、顔にかかる髪がうっとうしいからと耳にはさんでしまっていては、女としての美しさを捨てていることになります。これも良い女性とは言えません」
お話が長い、と思った?
しかもずいぶんと勝手なご意見で、私も話しながらちょっとげんなりしてきたわ。
でもこれが男の人の本音なのかもしれないわね。
さぁ、気を取り直して残りのご意見もありがたく聞いてまいりましょうか。
「男は内裏で働いていると、仕事上でもそれ以外でもいろいろな出来事を見聞きします。うれしいことも悲しいことも腹の立つこともございますけれど、そういう話はやはり家で妻に聞いてほしいものです。
しかし妻が今ひとつ理解の遅い女だったりしますと、話しても無駄だと思って話せなくなるのです。それで自分一人で思い出すことになるわけですが、こっそり笑ったり独り言が漏れたりしますと、妻は私の気も知らず鈍い顔でぽかんとこちらを見てまいりましょう。そんなことをされたらもう、なぜ自分はこんな女と結婚してしまったのだろうと残念になってくるに違いありません。
つまり、性格が完成している女性は駄目かもしれませんな。未完成の、子どもっぽくて素直な女性を自分で再教育するのがよいのかもしれません。はじめは頼りなくても、教育のし甲斐があるというものです。しかしその場合、向かい合っているときならばかわいらしさに免じて多少の失敗も許せるでしょうが、自分が内裏などにいて離れている場合は困りますな。手紙で命じたことを一人できちんとやれないというのでは、頼りないにもほどがあって嫌になってしまいそうです。
逆に、普段はかわいげのない女がいざというときには妻として立派に働いてくれると、我々男は単純ですから感動してしまうでしょうな」
何もかも分かっておいでのようなのに、何も結論を出せずにいらっしゃる。
まだまだお話しになったわ。
ちなみに頭中将様はわりと真剣に聞いていらっしゃる。
源氏の君は、聞いているのかいないのか、何か考え事をされているようなご様子だったわ。
この先は聞いていて腹が立つことも多いかもしれないけれど、そのまま再現するわよ。
「恋人はともかく妻の選び方は難しゅうございますな。内裏で働く男性はたくさんいるが、そのなかで将来一番帝をお支えできる方はどなたかと聞かれても、すぐには答えられないのと同じでございましょう。しかしながら内裏の場合は、いくら優秀な方でもお一人お二人で政治をなさるわけではございません。たくさんの役人が上の者も下の者も協力しあって、さまざまな仕事をしているわけです。
それに対して家庭の主婦は一人だけですから、何もかもそれなりにやれる女性でなければ困ります。しかしそんな女性はほどんどいない。私があちこちの女性と恋人関係になるのは、ただの女好きの遊びではないのです。頼もしい主婦になりそうな女性、できれば私が再教育する必要がなさそうな女性というのがなかなか見つからないだけなのです。
まぁ、そんな理想を追い求めているのがそもそも間違いかもしれません。世間を見回しましても、不足も不満もないお似合いなご夫婦などいらっしゃいませんからね。たとえ理想通りの女性ではなくても、縁があって結婚したのだからと結婚生活を続けてさえいれば、夫は誠実な人間に見えますし、妻だってそれだけの価値のある人なのだろうと世間から思われるでしょう。それでよいのかもしれませんね。
こんなふうに、私のような者でさえ自分に釣り合う妻というのは決めにくいものでございます。源氏の君や頭中将様にはすでにご立派な奥様がいらっしゃいますが、もし独身のころに男の勝手な理想を追い求めておられたら、釣り合う姫君などいらっしゃったかどうか」
源氏の君と頭中将様は苦笑いをしていらっしゃった。
調子に乗ってさらにお話をお続けになる。
「女性の良し悪しというのはどうやって決めたらよろしいのでしょうね。恋人関係になる前に分かるのは手紙の筆跡や文章、それから少し段階が進むと声をほのかに聞くことができますな。それらが優しくて女らしいと、これは良い女性だと思ってしまう。
しかしそういう女性は恋愛至上主義なことが多いのです。恋人関係になると、あふれる感情でこちらを振り回してくる。これでは良い女性とは言えないでしょう。
あとは極端なのも良い女性とは言えません。妻の一番の仕事は夫の世話ですが、そこに自分の趣味だとか細かすぎる風流だとかをいちいち押しつけてくる女性は困ります。ふつうに無難にやってくれれば十分なのです。
かと言って、効率的すぎる女性もどうでしょう。夫の世話を過不足なくてきぱきとしてくれるのはよいのですが、顔にかかる髪がうっとうしいからと耳にはさんでしまっていては、女としての美しさを捨てていることになります。これも良い女性とは言えません」
お話が長い、と思った?
しかもずいぶんと勝手なご意見で、私も話しながらちょっとげんなりしてきたわ。
でもこれが男の人の本音なのかもしれないわね。
さぁ、気を取り直して残りのご意見もありがたく聞いてまいりましょうか。
「男は内裏で働いていると、仕事上でもそれ以外でもいろいろな出来事を見聞きします。うれしいことも悲しいことも腹の立つこともございますけれど、そういう話はやはり家で妻に聞いてほしいものです。
しかし妻が今ひとつ理解の遅い女だったりしますと、話しても無駄だと思って話せなくなるのです。それで自分一人で思い出すことになるわけですが、こっそり笑ったり独り言が漏れたりしますと、妻は私の気も知らず鈍い顔でぽかんとこちらを見てまいりましょう。そんなことをされたらもう、なぜ自分はこんな女と結婚してしまったのだろうと残念になってくるに違いありません。
つまり、性格が完成している女性は駄目かもしれませんな。未完成の、子どもっぽくて素直な女性を自分で再教育するのがよいのかもしれません。はじめは頼りなくても、教育のし甲斐があるというものです。しかしその場合、向かい合っているときならばかわいらしさに免じて多少の失敗も許せるでしょうが、自分が内裏などにいて離れている場合は困りますな。手紙で命じたことを一人できちんとやれないというのでは、頼りないにもほどがあって嫌になってしまいそうです。
逆に、普段はかわいげのない女がいざというときには妻として立派に働いてくれると、我々男は単純ですから感動してしまうでしょうな」
何もかも分かっておいでのようなのに、何も結論を出せずにいらっしゃる。