〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 それは聴取を行う真紀も同じだろう。付き添いの杉浦と視線を合わせた彼女は、最後の手札を切る判断を下した。

「では最後に夏木コーポレーションの子会社、エバーラスティングに関する質問です。エバーラスティングでは、2016年1月からスマートフォン専用アプリの配信を開始していますよね。中でも最も売上の大きいアプリが〈agent〉と呼ばれるクライムアクションゲームです」

 エバーラスティングや〈agent〉アプリの名にも愁は動じない。マジックミラーを隔てた隣室で真紀と愁の攻防戦を見つめる美夜は、先ほどから気持ちの悪い引っ掛かりを感じている。

気持ちの悪さを感じたのは、捜査会議の議題が連続絞殺事件に移行した時だ。エイジェントは何故、凶器を八ミリのロープにしているのか。

復讐代行殺人とされる一連の未解決事件の殺害方法はすべて絞殺。
エイジェントはロープによる絞殺に執拗にこだわっている。その理由は?

 美夜が黙考している間も、愁と真紀の一進一退の駆け引きは続く。真紀の話はエイジェントの復讐代行を誘うご依頼受付フォームと、2016年から始まる連続絞殺事件の追及に入っていた。

「先に述べた〈agent〉アプリと連続絞殺事件は繋がっていると我々は考えています。アプリ利用者にメッセージを送信したエイジェントの正体を、あなたはご存知ですよね?」
『俺は一介の会長秘書ですよ。子会社の業務内容まで把握していません』

 連続絞殺事件で使用された凶器は園芸用のロープ……。
園芸、植物、観葉植物、植木鉢……連想する言葉に従って、次々と記憶のアルバムが美夜の脳内に再生される。事実に気付いた彼女の戦慄の横顔を、眉を下げた九条が見つめていた。

『神田、大丈夫か? 廊下出る?』
「うん……」

 九条に連れられて美夜は暗闇の室内から明るい廊下に這い出した。廊下の明るさが目に慣れず、彼女はしばし瞬きを繰り返す。

『やっぱり木崎の聴取を見るのはキツかったよな』
「違う。そうじゃなくて……前に木崎さんの家で見てるのよ。観葉植物の吊り下げに使われていた……あのロープ……」

上手く言葉が出てこない。とにかく確認しなければ、九条にも上野にも事実を伝えられない。

 捜査一課の自分のデスクに戻った美夜は、連続絞殺事件の特別捜査本部が作成したデータベースで捜査資料を検索する。
データベースには夏木コーポレーションと夏木十蔵に関係したあらゆるデータが集約されている。

彼女が検索したデータは、伶と舞の母、明智紫音の自殺に関する捜査資料だ。記憶の底から引き摺《ず》り出した真実と15年前の真実を照らし合わせて見つかった、新たな真実。

 冷めない戦慄を抱えて美夜は取調室に引き返す。愁の聴取はまだ続いていた。
今後の自分が選択するべき行動を慎重に吟味《ぎんみ》し、彼女は覚悟を決めた。

「一課長、私に木崎愁の聴取をさせてください」

美夜の申し出に百瀬警部が異議を唱えようとしたが、上野がそれを制す。上野は部下の話も聞かず頭ごなしに否定を突き返す上司ではない。

『できるのか?』
「はい。これは私にしかできない役目です。お願いします」

 美夜が繋ぎ合わせた過去と現在の真実を聞き終えた上野の判断は迅速だった。取調室に入室した美夜は、真紀と交代して愁の前に腰を降ろす。
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