〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 愁は取調室に現れた美夜を目にして、初めて怪訝な表情を見せた。一度もポーカーフェイスを崩さなかった彼の口元はニヒルに曲がっている。

『今さらどうした? 外されたんじゃなかったのか?』
「上司に許しをもらった。……あなたに確認したいことがあります」

 尋問相手は真夜中の楽園に共に堕ちた男。
愛の罰を共有する共犯者。
いつかはこうなると定められた宿命だ。

「15年前に伶くんと舞ちゃんの母親、明智紫音さんは自殺しました。死因はロープによる首吊りで、自殺に使われたロープは紫音さんが趣味の園芸に使用していた園芸用のロープでした。紫音さんは園芸が趣味だったようだけど、血は争えないのね。伶くんも園芸が趣味だと、夏にあなたの家にお邪魔した時に言っていましたよね?」

無言の彼は美夜だけにわかる微妙な表情の変化を見せている。真夜中の色と同じ暗い瞳が、悲しげに揺れていた。

「2016年から始まった連続絞殺事件、凶器は八ミリ幅の丈夫な麻なわロープと推定されています。おそらくは園芸用のロープだと。これが紫音さんが自殺に使用したロープと同一の商品です。ハッピーフォレストと言う園芸用品の企業が販売しています」

 紫音が自殺に使用したロープは農業資材専門企業、ハッピーフォレストが製造した麻なわロープだ。現在も15年前と同一の商品が流通している。

「こちらは連続絞殺事件の凶器と推定されているロープを科捜研が立体再現した画像です。類似の参考商品にハッピーフォレストの八ミリ麻なわロープも挙げられています」

美夜はハッピーフォレストの麻なわロープの画像と科捜研が3D再現したロープ画像をタブレット端末に順に表示した。

「私はあなたの家で似たロープを見ています。リビングの窓辺には、植木鉢に入れた観葉植物が沢山吊り下げられていましたよね。土と植物の入る植木鉢を吊り下げるロープの材質は麻なわだった記憶があります。あなたや舞ちゃんは園芸には興味関心がなく、植物の世話は伶くんが担当していると、あなた達が私に話してくれたことです」

 これが真実だとすれば非常に恐ろしい。
木崎愁の恋人役を引き受け、彼の家に招かれた花火の夜に、美夜は連続絞殺事件の凶器を目にしていた。

「伶くんへの任意の聴取を許可してもらえますか?」
『未成年の舞はともかく、伶は成人してる。聴取を受けるかは伶の判断に任せる』

鉄壁のポーカーフェイスが歪んだ刹那、愁が見せた翳《かげ》りは美夜にしか見えない。

 同じ真夜中に堕ちた者だけが知る愁の痛み。父親の命令で母親を手にかけ、父親の都合の良い殺人ロボットに仕立てあげられた木崎愁は、血も涙もない冷酷な殺人鬼ではない。

「私はあなたが理解できない。だいたい、他人を理解しようだなんて無理だもの。だけどたったひとつ、確信を持って言える。あなたが守りたい存在は父親の夏木十蔵ではなく、伶くんと舞ちゃんよね? 伶くんと舞ちゃんのためなら、あなたは自分の命すら投げ出す覚悟がある」

 見つめ合う瞳は甘い闇。ここに真夜中の暗闇がふたつ。
ふたつの暗闇はひとつに溶け、さらに深く、互いの闇を濃く染め合う。それがふたりにとっての愛を語る行為だと、彼女と彼は理解していた。

「伶くんが殺人代行を請け負う連続絞殺犯……エイジェント?」
『さぁな。俺は何も知らない』

 冷酷になりきれない殺人鬼の宝物を、女刑事は冷酷に裁かなければならない。

 彼の心の泣き声が聴こえた。
殺人鬼のポーカーフェイスの半分は泣き顔だった。それを見た女刑事のポーカーフェイスの半分も泣き顔に崩れていた。
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