〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 トラットリア〈mughetto《ムゲット》〉のレジ横には鈴蘭の園が広がっている。什器にディスプレイされたアクセサリーの種類はピアス、イヤリング、指輪やブローチなど。素材もディップフラワーやレジン、パールにビーズと多種多様だ。

取り扱うアクセサリーは鈴蘭のモチーフのみ。インスタグラムを通じて募ったハンドメイド作家達の出品場所として提供したこのスペースが、園美のお気に入りの場所でもある。

『園美、帰る準備できたか?』
「うん……」

 夫に声をかけられてもアクセサリーを眺める園美は上の空。先刻までカウンターで不器用な愛を語らっていた男女の残像が、視界の隅にちらついていた。

『浮かない顔してるな。どうした?』
「美夜ちゃんと木崎さん、また来てくれるよね? このまま、もう二人には会えない気がするの」

 また来てね、と言って見送りに出た園美に美夜も愁も曖昧に頷いただけだった。雪斗はハンガーラックに吊り下げられた自分と園美のコートをハンガーから外し、うつむく園美にコートを差し出す。

『こういう仕事してるとお客さんの背景も色々と見えてくるよな』
「昨日いらしたお客様も一組、既婚者が奥様ではない人を連れていたものね」

 コートを着た園美が首に巻いたカシミヤのマフラーは雪斗のイタリア土産。園美が白色、雪斗は淡いブルーグレーの色違いだ。

『全部、気付かないフリだよ。背景にどんな事情がある人も等しく、俺達の大切なお客様だからな』
「うん。木崎さんが本当はどんな人でも、美夜ちゃんが私達には言えないことを抱えていても関係ない。大切なお客様」
『二人とも、もういらっしゃらないかもしれない。だから出会いは一期一会なんだ』

雪の色に似た純白のマフラーに埋まる園美の髪を雪斗が優しく整えてくれた。
器用な彼の手が園美は大好きだ。その手で生み出される彼の料理も彼自身も、愛している。

 確かな事実はどちらからも聞かされていないが、美夜と愁は愛し合っている。二人の気持ちは園美の目から見ても歴然だ。

相席が縁で常連客同士が結ばれた。店の経営者としては喜ばしい限りでも、恋の成就を手放しで喜べない事情を美夜と愁は抱えている。

 オレンジ色の電気が消えた店内が寂しげに主《あるじ》に手を振った。また明日ね、と夫婦は閉じた店に別れを告げて地上に続く階段を上がった。

『木崎さんは何を買われたんだ? ワインを飲む前にアクセサリーを選んでいただろ?』

背後に飛んできた夫の問いかけに、先を行く園美の足が止まる。振り向いた彼女は人差し指を口元に押し当てて微笑した。

「……秘密」
『おいおい』
「私と木崎さんの二人だけの秘密にしておきたいの。軽々しく言葉にできないくらい、特別な気持ちが入った物を選んでいらしたのよ」

 愁は“あれ”を美夜に渡すつもりで選んでいた。とても悲しげな顔で、とてもいとおしそうに。

「二人共、幸せでいて欲しい。二度と……会えなくても」

 鈴蘭の花言葉に園美は祈りを捧げる。
どうか、どうか。彼と彼女に幸せが訪れますように。
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