〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 教師も傍観者の生徒達も主犯の舞ひとりに責任を負わせて、自分達は安全な場所から、今度は舞に後ろ指を指している。
真に残酷な人間は、いじめの主犯の舞ではない。手のひら返しの傍観者と共犯者達だ。

「パパはどうして、舞に会ってくれないの……? 朋子ママが舞を嫌ってるのは、ママが朋子ママからパパを盗っちゃったからかなぁ……」

 立てこもり事件の後、夏木十蔵はただの一度も舞の前に現れなかった。養母の朋子も鎌倉の別邸から一歩も出ようとしない。

 朋子に関しては、舞も養母に毛嫌いされている気配を薄々感じ取っていた。夏木家に引き取られた直後から、朋子は露骨に伶だけを優遇して、舞を蔑《ないがし》ろにしていた。
理由を知れば朋子の舞への仕打ちは大人げないが、仕方がないとも思える。

けれど仮にも舞と血の繋がった父親の夏木十蔵は、真っ先に娘に会いにくるべきだ。病院にもこの家にも、一度も舞を見舞いに来ない非道な養父に伶は失望した。

「愁さんは……なんで舞のお兄ちゃんなの……なんで舞は……愁さんの妹なの……」

 泣きすがる舞が最後に口にした叫びは、やはり愁のこと。
泣き疲れて眠る舞の寝顔は、悲しみに暮れた天使の顔。彼の心の最も柔らかな部分に存在する天使は、片方の翼をもがれて傷だらけだった。

 誰が天使を傷付けた?
 誰が天使を不幸にした?
 誰が天使の翼をもぎとった?

 飛べなくなった天使を、笑顔を奪われた天使を、居場所を失《な》くした天使を守らなければ。


 ──“伶……舞を守ってやってね。舞を守れるのは伶しかいないの……”──


 記憶に残る弱々しい母の声が脳裏にこだまする。
どうせ夏木伶の人生もゲームオーバーが近い。最後に行う犯罪は他人の殺意の代行ではない、自《みずか》らの復讐を。
守らなければ……天使を、この手で。

 必要な物を詰め込んだショルダーバッグを肩にかけ、伶は足音を立てずに玄関に向かった。

 愁はまだ帰らない。取引先と世間への信用を失い、窮地に陥った夏木コーポレーションでは夏木会長も徳田社長も、面倒な根回しや計略はすべて愁頼み。
愁がいなければ会社はとっくに崩壊している。

愁が働き者のサラリーマンを強いられた現状は、伶には却《かえ》って好都合だ。

『いってくるよ、舞。……ひとりにしてごめんね』

自室で眠る妹に静かに告げて、伶は赤坂の家を去った。
冬の闇に身体を溶け込ませて彼は歩く。今のところ周囲に警察の気配は感じない。
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