〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 人の温もりがいない部屋は寒々しい。もぬけの殻となった伶の部屋に、木崎愁は立ち尽くした。
愁が帰宅した時にはすでに自宅に伶の姿はなく、データが初期化された伶のパソコンが持ち主の覚悟を伝えてくれる。

伶のスマートフォンには何度電話をかけても繋がらない。トークアプリの通話からかけても、携帯電話番号から呼び出しても、どちらも伶は応答しなかった。

「愁さん……?」
『起きたか。体調どうだ?』
「まだちょっとだるくて、眠い……」

 開け放たれた扉の前に舞が立っていた。たった今起きたらしい舞は、寝起きの目をこすりながら兄の部屋を見回した。

「お兄ちゃんは……?」

愁はすぐには答えられなかった。舞の心身が不安定な今の状態で伶が舞を置いて夜間に外出をした理由を、舞にどう説明すればいいか適切な言葉が見つからない。

『キッチンにビーフシチューとパンがある。舞の夕飯の用意をして出ていくところが伶らしいな』
「お兄ちゃん……どこ行ったの?」
『わからない。スマホに電話しても出ないんだ』

 室内をざっと調べたが、伶がエイジェントの仕事で使用する黒の革手袋が不在だった。それだけで、この嫌な胸騒ぎの半分は的中していると考えていい。

『伶を捜しに行ってくる』
「舞も行くっ!」
『ダメだ。舞は家にいなさい。絶対に外に出るなよ』

伶の行き先には心当たりがある。まず最初に伶が向かう場所は、あそこだろう。
伶が家を出て愁が帰宅するまでにどれだけのタイムラグがあった?

その間に愁が想像する最悪な事態が引き起こされていたとすれば……。

「やだぁ。行かないでぇ……。舞を、舞を、ひとりにしないで……」

 廊下を急ぎ足で歩く愁の背中に弱々しくて柔らかな感触が触れた。舞に後ろから抱きつかれた愁は、背中に顔を埋めて泣きすがる妹を振りほどけない。

心細い夜にひとりになりたくない気持ちはわかる。外に出れば周りは敵だらけ、SNSでも中傷の刃を向けられた舞の拠り所は伶と愁のみ。

『俺と伶はどんなことがあっても舞の味方だ。それは変わらない。舞が何をしていても、俺は舞を嫌いにならない。兄として妹のお前が大切なんだ』

 腰に回る舞の両手にそっと触れる。震える彼女の両手を解きほぐし、身体を反転させた愁は舞を抱き締めた。

『伶も同じだ。俺よりずっと、あいつはお前を一番大事に思ってる』

舞には家族が伶と愁しかいない。それは伶も同じだ。
< 133 / 185 >

この作品をシェア

pagetop