〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
伶にも家族と呼べる存在は舞と愁しかいない。愁も、伶と舞だけが家族だった。
『だから何があっても舞だけは伶の味方でいてやってくれ。伶がそうしてくれているように』
「……愁さんとお兄ちゃんは舞にナイショで何をしているの? ずっと、聞いちゃいけないことだと思ってたから聞けなかった。愁さんもお兄ちゃんも、舞に秘密にしてることがあるんだよね? 会社のこと?」
愁と伶の裏の仕事に舞は薄々気付いていたのだろう。二人が何をしているかまではわからなくとも、同じ家で何年も共に暮らしていれば、上手く隠していても秘密の欠片は溢れ落ちてしまう。
『心配するな。舞も伶も、俺が守る。とにかくお前は外に出るなよ。せっかく伶が作ってくれたビーフシチューを無駄にするな。それを食べて風呂に入って、今夜は寝ていなさい。わかったな?』
「……うん。いってらっしゃい」
多分これが舞との最後の抱擁だ。きっと伶も、今の愁と同じ覚悟を決めて家を出ている。
美夜に送る抱擁とは種類が違う愛しさで愁は妹を包み込んだ。
夏木十蔵の愛人に娘が産まれたと聞かされた16年前の12月。父の節操のなさに呆れていた愁は、異母妹《いもうと》の誕生を素直に喜べずにいた。
けれど折に触れて垣間見た赤子の舞は、腐った大人達の愛憎劇も知らずに愛らしく微笑み、ささくれだった愁の心を癒してくれた。
伶と愁にとって舞は天使だ。世間の人々が舞を悪魔だと罵り後ろ指を指しても、伶と愁は舞を心から愛している。
これは愛の決別。伶も舞もどちらも守ると決めた愁が下した結論は、たったひとつ。
決意と覚悟と贖罪と祈り。様々な感情を背負って自宅を出た愁が向かった先は、彼が数十分前まで滞在していた虎ノ門四丁目。
再びこの地に姿を見せた愁を夏木コーポレーションの巨大なビルが眺めている。今は用はないと言いたげに、オフィスビルを無視した愁の車が隣の高層マンションの地下に飲み込まれた。
地下駐車場の指定の場所に車を置き、彼は地下から最上階の夏木邸に急いだ。夏木邸への侵入を阻《はば》むすべてのセキュリティのロックをカードキーで解除して豪奢《ごうしゃ》な玄関に飛び込む。
オーディオから流れるオーケストラは夏木が愛聴《あいちょう》するモーツァルトのレクイエム。
ソファーの下に着流しの裾が見えた。倒れた夏木十蔵を見つけても平常心を保っていられたのは、予想していた最悪のシナリオと同じ筋書きだったから。
『だから何があっても舞だけは伶の味方でいてやってくれ。伶がそうしてくれているように』
「……愁さんとお兄ちゃんは舞にナイショで何をしているの? ずっと、聞いちゃいけないことだと思ってたから聞けなかった。愁さんもお兄ちゃんも、舞に秘密にしてることがあるんだよね? 会社のこと?」
愁と伶の裏の仕事に舞は薄々気付いていたのだろう。二人が何をしているかまではわからなくとも、同じ家で何年も共に暮らしていれば、上手く隠していても秘密の欠片は溢れ落ちてしまう。
『心配するな。舞も伶も、俺が守る。とにかくお前は外に出るなよ。せっかく伶が作ってくれたビーフシチューを無駄にするな。それを食べて風呂に入って、今夜は寝ていなさい。わかったな?』
「……うん。いってらっしゃい」
多分これが舞との最後の抱擁だ。きっと伶も、今の愁と同じ覚悟を決めて家を出ている。
美夜に送る抱擁とは種類が違う愛しさで愁は妹を包み込んだ。
夏木十蔵の愛人に娘が産まれたと聞かされた16年前の12月。父の節操のなさに呆れていた愁は、異母妹《いもうと》の誕生を素直に喜べずにいた。
けれど折に触れて垣間見た赤子の舞は、腐った大人達の愛憎劇も知らずに愛らしく微笑み、ささくれだった愁の心を癒してくれた。
伶と愁にとって舞は天使だ。世間の人々が舞を悪魔だと罵り後ろ指を指しても、伶と愁は舞を心から愛している。
これは愛の決別。伶も舞もどちらも守ると決めた愁が下した結論は、たったひとつ。
決意と覚悟と贖罪と祈り。様々な感情を背負って自宅を出た愁が向かった先は、彼が数十分前まで滞在していた虎ノ門四丁目。
再びこの地に姿を見せた愁を夏木コーポレーションの巨大なビルが眺めている。今は用はないと言いたげに、オフィスビルを無視した愁の車が隣の高層マンションの地下に飲み込まれた。
地下駐車場の指定の場所に車を置き、彼は地下から最上階の夏木邸に急いだ。夏木邸への侵入を阻《はば》むすべてのセキュリティのロックをカードキーで解除して豪奢《ごうしゃ》な玄関に飛び込む。
オーディオから流れるオーケストラは夏木が愛聴《あいちょう》するモーツァルトのレクイエム。
ソファーの下に着流しの裾が見えた。倒れた夏木十蔵を見つけても平常心を保っていられたのは、予想していた最悪のシナリオと同じ筋書きだったから。