〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
日浦への業務連絡を済ませた愁は最上階から地下に降りた。日浦には事の次第を話したが、警察から連絡が入るまでは夏木の死亡は知らないフリをしていろと言い含めてある。
銃の保管部屋に入室できる虹彩と指紋のデータは愁のみが登録している。警察が保管部屋を見つけても、あの部屋には愁の痕跡しかない。
警察に見つかると厄介なデータはひとつ残らず抹消し、ジョーカー関係のデータの宝庫となっていたノートパソコンやタブレット端末も持ち出した。白《しら》を切り通せば、ジョーカーの補佐役を務めていた日浦や部下達の警察の追及は免《まぬが》れられる。
車に乗り込んだ愁はもう一度、伶のスマホに通話を繋げた。片耳に当てた白色のスマホから漏れる軽快な呼び出し音はなかなか途切れない。
待ち時間に咥えた煙草に火を灯す。愁が最初の紫煙を吐き出した時に、呼び出し音がぷつりと途切れた。
『……伶』
{愁さんごめんなさい}
親が射殺された姿を目にした10年前でさえ、伶は平然としていた。こんなに弱々しい伶の声は愁も初めて耳にする。
『謝らなくていい。夏木十蔵は俺が殺した』
{会長は……生きていたんですか?}
『俺が見つけた時にはまだ息があった。安心しろ。しぶといクソジジィの息の根はお前の代わりに止めてやった』
{……ははっ。愁さんはやっぱり凄いですね……}
伶の空笑《そらわら》いが痛々しい。
スマホ越しに伶の吐息が聴こえる。吐息の背後にはざわつく街の雑踏がBGMの役割を果たしていた。
『どこにいる? 迎えに行くから居場所を教えてくれ』
{言えない。まだやることが残ってる。俺は初めて自分の殺意で復讐を遂げるんです。舞のために……}
最後にそう言い残して伶は強制的に通話を終わらせた。再度、連絡を試みても伶はスマホ本体の電源を落としてしまったようで繋がらない。
終電までは時間がある。タワーマンションの最寄り駅は日比谷線の神谷町駅。そこから向かえる場所は、六本木か恵比寿……恵比寿で乗り換えれば、渋谷にも新宿にも行ける。
伶が繁華街の片隅で夜を明かすつもりだとしても、渋谷や新宿に出られたら人の多さで捜し切れない。
思案する時間はなかった。数秒で自身がとるべき行動の解答を導き出した愁は世田谷方面に車を走らせ、世田谷区の玉川インターから第三京浜道路に入る。
愁の車は第三京浜から横浜新道に、そして横浜横須賀道路を南下した。深夜の有料道路は渋滞もなく、道路脇に等間隔で立つ淡いオレンジの電灯が闇夜を徘徊する浮遊霊に見える。
ひとりぼっちの夜道で考えるのは伶と舞のこと、美夜のこと。
ほんの少しのボタンの掛け違いで物事はあらぬ方向に進む。伶の行動は予想外ではあったが、いつかは訪れると想定もしていた。
拳銃の残りの弾は三発。最後の二発の使い道を、愁はまだ迷っていた。
銃の保管部屋に入室できる虹彩と指紋のデータは愁のみが登録している。警察が保管部屋を見つけても、あの部屋には愁の痕跡しかない。
警察に見つかると厄介なデータはひとつ残らず抹消し、ジョーカー関係のデータの宝庫となっていたノートパソコンやタブレット端末も持ち出した。白《しら》を切り通せば、ジョーカーの補佐役を務めていた日浦や部下達の警察の追及は免《まぬが》れられる。
車に乗り込んだ愁はもう一度、伶のスマホに通話を繋げた。片耳に当てた白色のスマホから漏れる軽快な呼び出し音はなかなか途切れない。
待ち時間に咥えた煙草に火を灯す。愁が最初の紫煙を吐き出した時に、呼び出し音がぷつりと途切れた。
『……伶』
{愁さんごめんなさい}
親が射殺された姿を目にした10年前でさえ、伶は平然としていた。こんなに弱々しい伶の声は愁も初めて耳にする。
『謝らなくていい。夏木十蔵は俺が殺した』
{会長は……生きていたんですか?}
『俺が見つけた時にはまだ息があった。安心しろ。しぶといクソジジィの息の根はお前の代わりに止めてやった』
{……ははっ。愁さんはやっぱり凄いですね……}
伶の空笑《そらわら》いが痛々しい。
スマホ越しに伶の吐息が聴こえる。吐息の背後にはざわつく街の雑踏がBGMの役割を果たしていた。
『どこにいる? 迎えに行くから居場所を教えてくれ』
{言えない。まだやることが残ってる。俺は初めて自分の殺意で復讐を遂げるんです。舞のために……}
最後にそう言い残して伶は強制的に通話を終わらせた。再度、連絡を試みても伶はスマホ本体の電源を落としてしまったようで繋がらない。
終電までは時間がある。タワーマンションの最寄り駅は日比谷線の神谷町駅。そこから向かえる場所は、六本木か恵比寿……恵比寿で乗り換えれば、渋谷にも新宿にも行ける。
伶が繁華街の片隅で夜を明かすつもりだとしても、渋谷や新宿に出られたら人の多さで捜し切れない。
思案する時間はなかった。数秒で自身がとるべき行動の解答を導き出した愁は世田谷方面に車を走らせ、世田谷区の玉川インターから第三京浜道路に入る。
愁の車は第三京浜から横浜新道に、そして横浜横須賀道路を南下した。深夜の有料道路は渋滞もなく、道路脇に等間隔で立つ淡いオレンジの電灯が闇夜を徘徊する浮遊霊に見える。
ひとりぼっちの夜道で考えるのは伶と舞のこと、美夜のこと。
ほんの少しのボタンの掛け違いで物事はあらぬ方向に進む。伶の行動は予想外ではあったが、いつかは訪れると想定もしていた。
拳銃の残りの弾は三発。最後の二発の使い道を、愁はまだ迷っていた。