〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 自業自得とは言え、いじめを犯した舞が人生の代償を負い、一四〇〇人の無関係な人々の命を巻き込む犯罪に手を貸した雪枝が法で裁かれない……おそらくそんなことはなく、雪枝には何らかの罰が下るだろう。

しかし、雪枝が無罪放免となれば伶は絶対に雪枝を許さない。いじめと学校立てこもり、罪の重い軽いの問題ではなく、心情の問題だ。

{伶くんの捜索と雪枝ちゃんの保護は至急手配する。……それで愁はどこに向かってるの? 車の音が聞こえるけど運転中?}

 北鎌倉駅前の県道を左折した愁は道幅の狭い坂を上がっていく。やがて現れた、闇に浮かび上がる南欧風の屋敷のガレージに車を停めた。

『せめて舞を夏木の家から解放してやりたい。このクソみてぇなしがらみを全部、俺が終わらせる。……美夜、伶と舞を頼む』

何かを悟った美夜が息を呑む気配が、スマホの向こう側に漂っている。

{待って。あなたは何を……}
『トロイの木馬、それがジョーカーの役割なら、終止符を打つのは俺だ。ごめんな』

 美夜との通話を終了させた彼は車を降りた。人感センサーで明滅する玄関ポーチのダウンライトが愁を照らす。

夏木家別邸の玄関を靴を脱がずに通過した。この時間なら家主は寝入っている。二階の寝室の扉を静かに開け、するりと身体を滑り込ませた。

 ナイトテーブルに置かれたシェルランプが室内の一部を明るくする。たった今目覚めた様子の夏木朋子が、ベッドから上半身を起こして首を傾げた。

「……愁? こんな時間に来るなんて珍しい……」

 愁は獲物に悲鳴を上げる時間も与えない。サイレンサーを付けた銃から発射された無慈悲な弾丸が、朋子の額から脳を貫いた。

夫が殺された事実も愁に殺される動機も知らないまま、夏木朋子は地獄に堕ちる。そのまま永遠に、似た者同士の夫婦で地獄を這いつくばっていればいい。

 寝室の窓の下は底知れない闇。二階から見下ろす暗い庭で葉の落ちたサルスベリと目が合った。

『これで満足か? ……母さん』

 百日紅《サルスベリ》の木の下には母親の骨が埋まっている。嘘だと笑い飛ばすならそうするがいい。

これは嘘でもない、冗談でもない
木崎愁の本当の話。
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