〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 夜明けを合図に赤坂の木崎愁と夏木伶の自宅の家宅捜索が始まる。
警察から事情を聞いた夏木舞は混乱状態にあり、まともに話せる状態ではないらしい。伶と愁の捜索は上野達に任せ、美夜は赤坂六丁目のマンションを訪ねた。

 舞になつかれているとは思っていないが、学校立てこもり事件を契機に舞は美夜に心を許し始めていた。美夜を見るなり抱き付いてきた舞の背中を、彼女は優しくさする。

「神田さん……愁さんとお兄ちゃんが……」
「大丈夫。大丈夫だから……」

家主が舞だけとなった赤坂のマンションは、美夜が訪問した夏の頃とインテリアや家具の配置が多少変わっている。リビングの窓辺には、今も観葉植物の鉢がロープで吊るされていた。

「お兄ちゃんと愁さんがパパを殺したって刑事さんに言われて……二人とも行方不明って……もう、わかんない。舞、何もわかんないよぉ……」
「突然色々と聞かされてもわからないよね。今は寝よう。舞ちゃんが眠るまで側にいるからね」

 美夜には妹も弟もいない。幼い記憶を辿れば、美夜の母親は彼女を手のかからない出来の良い子だと周囲に自慢していた。

それが“出来の良い子ども”だとは、美夜自身はまったく感じていない。美夜が親や教師に逆らわないのも単に自己主張が面倒なだけだった。

 彼女の人生は誰かの世話を焼いた経験も、誰かに世話を焼かれた記憶も皆無だ。人に優しくされることも優しくすることも苦手とする美夜は、必要以上に他人の心に深入りする事態を避けてきた。

ワガママ放題の舞に手こずり、今も伶と舞を守ろうと必死な愁の方が、よっぽど血の通った人間だと思える。愁は優しさを知っている人だ。

 何が優しさの正解か美夜にはわからない。けれど身体は自然と舞を抱き締め、心細い舞にぬくもりを分け与えた。
愁が美夜にそうしてくれたように。彼女に“優しさ”の感情を教えてくれたのは愁だった。

 舞の自室はピンクと白を基調とした可愛らしい部屋だった。ジェンダーレスな紺野萌子の部屋とは対照的な少女らしさを詰め込んだ、十六歳の部屋である。

 共にこのマンションで待機する婦警が作ってくれたホットココアを飲む舞は、眠たそうに目元を擦っている。

間もなく午前4時半。舞もほとんど眠れていないはずだ。鈍重な動きでベッドに横になる舞の傍らで、美夜は舞と視線を合わせた。

「木崎さんも伶くんも舞ちゃんの幸せを願ってる。それだけは確かだよ」

 悲しみに暮れる舞は唇を噛んで頷いた。涙を溜めた瞳を閉じて、美夜と繋いだ手を握り締めながら眠りにつく少女は、確かに世間が言う通りの悪魔かもしれない。

 いじめの加害者が被害者面をするな、自業自得だと、今の舞の有り様を嘲笑う者も出てくるだろう。

だが雪枝に対するいじめは舞が償う罪であって、世間が偉そうに舞を裁く権利はない。自分には人を裁く力があると勘違いをしている“世間の人々”にも、いつかは裁きの数だけの負が跳ね返る。

 人を裁くなら、その身を裁かれる覚悟も持つべきだ。裁きを受ける覚悟もなく、匿名の仮面をつけてデジタルの世界で人を中傷して追い込む人々と、父親の命令で多くの人間の命を奪い、最後に父親を殺した木崎愁。

真の悪人はどちらか?
美夜にも答えはわからなかった。
< 141 / 185 >

この作品をシェア

pagetop