〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 晴天の中心で微笑む朝の太陽が眩しい。2時間仮眠した身体は、まだ寝足りないと叫んでいる。
場所は五反田駅前。目黒川にかかる五反田大橋の上で神田美夜は待ち人を待った。

 平日なら今頃は五反田駅を降りた勤め人達がここを通って、それぞれの職場に散る時間帯だ。土曜の今日は車や人の行き来もまばらで、離れた距離でも人物の様相を目視で確認できた。

美夜が相手を確認できたように、相手にも橋に立つ美夜の姿は見えている。それでも彼は、道を変えずに美夜のいる橋の上まで堂々とした足取りで歩いてきた。

 五反田駅から張り付いている尾行も周囲に身を隠している刑事達の気配もおそらく彼は気付いている。

「ここで待っていれば来ると思ってたよ。五反田駅から大橋雪枝の家に行くには、どの経路を選んでも必ず目黒川を渡る道のどこかを通る」
『それで該当する場所で張り込んでいたんですか。警察はいつの時代も地道ですね。俺があっちの駅を使っていれば、ここでの張り込みは無駄骨ですよ』

黒のチェスターコートと白のニット、肩に黒のショルダーバッグを提げた夏木伶は冷笑し、南東方向を指差した。

「向こうの大崎広小路《おおさきひろこうじ》駅にも刑事が張り込んでいた。たまたま君が五反田駅からそのまま降りてきて、私の担当区域に現れてくれたの」

 夜明けまでに夏木伶の発見が困難と結論を下した上野一課長は、五反田に繋がる各路線の始発時刻を待って警察の包囲網を五反田全体に敷く作戦に切り替えた。

始発が動き出す時間を皮切りに五反田駅と隣接する大崎広小路駅にそれぞれ刑事を張り込ませ、駅から雪枝の家方向へ向かう各ポイントにも刑事を配置、昨夜のうちに五反田に入り込んだ可能性も踏まえて雪枝の自宅付近にも刑事が張り込んでいた。

「大橋雪枝も彼女の家族も家にはいない。警察が保護して別の場所に連れていったよ」
『俺が大橋雪枝を殺しに来ることがよくわかりましたね』
「木崎さんが教えてくれた。伶くんが復讐するなら相手は大橋雪枝だろうって」
『やっぱり愁さんか。あの人は勘が良すぎるんだ』

 数分前、美夜のインカムに夏木伶と服装や容貌が似た若い男が五反田駅西口から出てきたと連絡があった。西口から桜田通りを歩いてくれば、美夜が待ち構えている五反田大橋に到着する。

「警察の張り込みをわかっていたみたいね。私が待ち伏せしていても君は驚きもしなかった」
『そうじゃないかとは思ってました』
「わかっていて、わざと警察の網の中に入ってきたのは何故?」
『大橋雪枝は殺せなくても、あなたを殺せる機会はあると判断したからです』

 チェスターコートのポケットから伶は折り畳みのナイフを引き抜いた。

橋の上で美夜と伶が対峙する間も刑事が伶の周りを取り囲み、伶は逃げ道を失った。どう足掻いても逃げられないと利口な彼は理解している。

『あなたが現れてから全部が狂った。元々狂っていた歯車がさらに狂ったんですよ。愁さんは舞を一番大事にしないといけないんだ。舞がそれを望んでいたのに、愁さんの一番大事な人が舞ではなくなってしまった』
「君に殺されるつもりはないよ。私を殺せる人間がいるとしたら、それはひとりしかいない」
『あなたを殺せる存在は愁さんだけだと?』
「そう。君には無理」

 伶への威嚇もせずに微笑む美夜と、ナイフを手に持ち顔をしかめる伶。二人の間を冬の風が通り抜けた。
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