〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 信号を渡ってこちら側に歩いてきた小山真紀、川沿いの脇道から現れた杉浦誠と九条大河、美夜の仲間達が伶を囲む。

誰も銃による威嚇は行わない。美夜のジャケットの腋の下にもいざというときに備えた拳銃が眠っているが、伶に銃口は向けたくなかった。

「私や大橋雪枝への殺意も舞ちゃんを思うがゆえよね。でもその復讐が本当に舞ちゃんのためになる? 頭のいい伶くんはもうわかってるはずよ。復讐は復讐の連鎖しか生まない。君が誰かを殺せば、殺された相手の近しい人間が今度は君の一番大事な舞ちゃんを復讐のターゲットにする。復讐は輪廻を続けて終わらない」

 一昨年から続く連続絞殺事件には、実行犯のエイジェントが与《あずか》り知らない悲劇が起こっていた。

 昨年秋、ある女性会社員が殺された。被害者の名前は武石玲南《たけいし れいな》、殺害当時の年齢は二十六歳。

殺害方法から考えても玲南はエイジェントに殺されたと見られ、玲南を殺す動機を持つ同じ会社の女性社員、金城茉波《かねしろ まなみ》にはアリバイがあった。
ここまでは連続絞殺事件の典型パターンだ。問題はこの後。

 玲南の父親は娘の死を受け入れられなかった。彼は独自に娘の交遊関係を調べ、玲南の同僚の茉波が娘を恨んでいたと突き止めた。
しかし茉波のアリバイは証明されている。

それでも父親は納得できなかった。茉波の人となりを調べていた彼は、茉波の悪評の数々に理不尽の涙を流す。
どうして茉波が生きていて玲南が死ななければならなかったのか、本当はやはり茉波が犯人で、誰かに娘を殺させたのではないか。

 娘が死に、茉波が生きている現実に我慢できなかった父親は、茉波を殺してしまった。法では裁けない茉波に彼は私刑を下したのだ。
復讐は復讐しか生まない。いつまでも負の輪廻は廻り続ける。

「私は綺麗事が嫌いだけどあえて刑事らしい綺麗事を言うなら、他人の罪を裁く権利や資格は誰にもない。警察官の私でも、犯罪者の裁きは法の下でのみ権利が与えられているだけ。君が犯した罪が君にしか償えないように、大橋雪枝も舞ちゃんも自分の罪は自分で償うから。君は誰も裁かなくていい。誰の殺意も背負わなくていい。もう終わりにしよう」

 彼女は躊躇なく銀の刃先の前に進み出た。震える伶の冷えた手にそっと手を重ね、ナイフの柄を彼の手から抜き取った。

伶は泣かない。激昂もしない。
ただ静かに、夏木伶は肩をすくめて美夜を見据える。肩にのし掛かる見えない重圧からやっと解放された彼は、苦笑の吐息を白く吐き出した。

『俺はあなたが嫌いです。初めて会った時から嫌いだった』
「嫌いでいいよ。私は木崎さんの大事な宝物を守りたいだけなの。あの人に代わって君と舞ちゃんを守りたかった」

 美夜の手で伶に手錠がかけられた時、廻《まわ》っていた復讐の輪廻の環《わ》も緩やかに停止した。それは同時に、親が生み出した因果の輪廻に囚われた青年が解放された瞬間でもあった。
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