〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 夏木コーポレーションのビルに踵を返して美夜と九条は虎ノ門のオフィス街を歩く。

 11月の夜空の下には、疲れた顔をしたサラリーマンの二人組や鼻唄でも歌い出しそうに意気揚々とパンプスのヒールを鳴らすオフィスレディ、
夜のオフィス街に一体何の用があるのか不明なリュックを背負った大学生風の男、寒空でも袖をまくって腕のタトゥーを見せびらかして歩く黒人男性、様々なジャンルの人間が混在していた。

『誕生日に会って避妊しなかった男があの第一秘書か』
「否定はしない」

すれ違う人々は混沌としていても、昼間の活気を失くしたオフィス街そのものは静かで、所々に灯るビルの灯りが働き者の幽霊のよう。

『あいつ、イケメンだったな』
「そう?」
『あれは他にも女がいるぞ。しかも大量に』
「でしょうね」
『お前、遊ばれてない?』
「そうかもね」
『なんでそんなに他人事なんだよ。自分のことだろ?』

 呼気を強めた九条の声が先を行く美夜の足を止めた。すぐ横のビルから漏れる灯りに照らされた九条の表情は、どう見ても怒っている。

 他人の事情を本気で心配して怒りを露《あらわ》にする九条に半年前は呆れていた。今も半分は、九条が怒る理由がわからない。

けれどもう半分は、それが九条大河の優しさだと理解していた。彼の鬱陶しくて暑苦しい優しさに美夜は支えられている。

「九条くんが思ってるほど私と木崎さんは甘い関係じゃない。恋や愛とか、あの人との間にある感情はそれだけじゃないの」
『意味がわからねぇ……』
「いつかわかる日が来るよ。心配してくれてありがとう」

 コートのポケットの中でプライベート用のスマートフォンが振動している。言葉少なげに綴られたメッセージを一読した美夜は、返信を打たずにスマホを手放した。

 木崎愁は勝手な男。勝手で最低な人殺し。
他にも女がいる? そうかもしれない。
遊ばれている? そうかもしれない。

そんなことわかっているのに、彼からの連絡ひとつでどうしようもなく心が踊る。

だから恋なんてしたくなかった。
愛なんて知りたくなかった。


 ──[21時、赤坂駅一番出口の前。迎えに行くから待ってろ]──


 こちらの返事を聞かない一方的なメッセージに導かれて、美夜は赤坂駅で愁を待っていた。

 九条の言う通りだ。きっと自分も、大量にいるであろう愁の遊びの女のひとりに過ぎない。
それでもこうして美夜が愁を待っているのは、二人を繋げる糸が単純な色恋の赤い糸だけではないから。

赤い糸に絡むもう一本の糸は刑事と犯罪者を繋げる黒い糸。赤い糸と黒い糸は交差して、絡み合って、もつれて、ほどけない。
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