〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 ゆりかもめ線、芝浦ふ頭駅東口の階段を下って地上に降り立った神田美夜は街を流れる冷えた空気に身を竦め、マフラーに顎先を埋めた。

スマートフォンの時刻表示は23時42分。真冬のこんな時間に出歩く人間が他にいるはずもなく、街灯に照らされた歩道に揺れる人影は美夜の影のみ。

 彼女は首都高沿いに伸びる歩道を南に歩いた。上空の首都高では今も車が駆けているだろうが、下の道路は先ほどから車とも人ともまったくすれ違わない。

 こうして誰もいない夜道を歩いているとふいに、この世から自分以外の人間が全員消滅してしまったかのような奇妙な感覚に陥る。けれど消滅したのは本当は彼女の方で、静寂しか存在しないここは、あの世とこの世の狭間の道?

時々、生きていることも曖昧になる。
時々、生きている理由も曖昧になる。

 選んできたと思っても選ばされてきた。
ひとりで生きてきたと思っていても、誰かに生かされてきた。
今もそう。選んできたと思っても相手に選ばされている。

 ババ抜きゲームの最終局面。相手が持つカードは二枚。
ジョーカーを引く? 引かない?
トリガーを引く? 引かない?

 引き返すなら今しかない。でも美夜は道を歩む足を止めない。
地図の示す経路に従ってゆるくカーブする歩道を道なりに進み、虹色にライトアップされたレインボーブリッジの真下に到着した。

 この先は芝浦南ふ頭公園となっているが、公園に出入りできる出入り口は門が閉まっている。柵に張り付けられた公園の利用案内を見れば、公園の利用時間はとうに過ぎていた。

要するに閉じた門を越えて来いとの要求だ。刑事相手に不法侵入を指示する不届き者はどうせ今頃、港区の条例を無視して煙草でも吸っているのだろう。

 紅椿学院高校の裏門よりは背の低い柵を軽々と越えた。同じ月に二度も閉じた門扉を乗り越えた経験は、美夜の人生初めてのこと。

5センチヒールのショートブーツが鈍い靴音を鳴らして着地した。不法侵入の身だ。なるべく足音は立てたくない

 挙動不審に周囲を見回したり、その場でもたついている方が怪しまれる。素早く出入口から離れた美夜は、園内の駐車場を通過して右に曲がった。
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