〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 こんなに心が痛むのはいつぶりだろう。失恋の痛みに重いも軽いもないが、今回の喪失の痛みは重症だ。

九条と美夜の間を流れる感情は恋だけではなかった。多分、恋だけの方がもう少し、残された者の心のひび割れは深くなかった。

恋だけで終わっていたかった。

 感情の抑制が効かない。泣きたくなくても流れる涙を止める術が見つからず、バレッタと一緒に握りしめたごめんねのメモ用紙も、ぐしゃぐしゃによれて湿ってしまった。

 スマートフォンがスーツのポケットで震えている。頭を垂らしたまま袖口で涙を拭い、杉浦刑事の通話に応答した。

{溜池山王駅で確認がとれた。23時頃に銀座線ホームの防犯カメラに神田らしき女の姿が映っていた}
『……わかりました。俺もそっち合流します』
{……いや、俺ひとりで大丈夫だ。神田の部屋にいるのは辛いかもしれないが、お前はしばらくそこで神田の行き先の手がかりを探してくれ。まず涙拭いて、水でも飲んで落ち着けよ}

 どんなに取り繕っても電話の向こうの杉浦に涙声を見抜かれていた。先輩刑事の優しさに触れた途端、再度溢れる涙に苦笑して九条は鼻をすする。

『……杉さん……。俺、神田のことが好きでした。刑事としても女としても』
{知ってる}
『ちょ、えー? 何でですか……っ! 南田が喋りました?』
{南田からは何も聞いてないが、九条はわかりやすいんだよ。神田に惚れてるんだなぁとお前達を見ていて思ってた。小山さんも一課長も気付いてる}
『勘弁してくださいよぉ……。じゃあ、一課の人全員に俺の気持ちがバレてるようなものじゃないですか……』
{そうかもなぁ}

わざと茶化してからかってくれる杉浦の気遣いが有難い。

 小山真紀も杉浦誠も上野一課長も皆、本気で美夜を心配している。皆、美夜を責めるよりも美夜の安否を気にしていた。

こんなに優しい場所を捨ててまで、こんなに優しい人達を頼らずに、神田美夜はひとりで決着をつけようとしている。

そういう女だったと、忘れかけていた彼女の本質。そういう女だったよな、と置き去りのバレッタに話しかけても答えは返らない。

 不自然に整頓された部屋は二度とここに帰らない意志の表れ。警察の捜査が入ることを見越して、九条宛に書き残した四文字の置き手紙。

 美夜はもう九条の隣には戻らない。手を伸ばしても届かない場所に彼女は行ってしまった。

愛する犯罪者と共に……。
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