〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
衣類と下着、手袋やスノーブーツの防寒具と食料品を買い揃え、帰り道に立ち寄った書店で二人はそれぞれ小説を一冊購入した。
寄り道の本屋で愁が選んだ小説はフィクションを交えた歴史小説。暇潰しの流し読みをするには、このジャンルの本がちょうどいいらしい。
美夜が選んだ一冊は彼女にしては珍しい毛色の小説だった。数年前に人気女優を主演にしてドラマ化も果たしたシリーズものの長編小説の主人公は、警視庁捜査一課の女刑事。
十代の頃ならいざ知らず、フィクションの推理小説に今の自分の食指が動くとは思わなかった。
ドラマ版で主演を務めた女優は今も活躍しているが、美夜は原作もドラマも知らない。
女刑事主役のミステリーシリーズは全五作で完結らしいが、本を購入した小さな書店にはシリーズ作品の一作目と三作目、五作目が並び、二作目と四作目は不在だった。
一作目の文庫本は美夜が手元に呼び寄せたため、書店の棚には三作目と五作目の中途半端な巻数だけが今も並んでいる。
美夜は、シリーズ作品は一作目から順に読み進めるタイプだ。もしも書店に一作目がなく、三作目と五作目だけが並んでいれば、おそらく美夜はこの物語と出会わなかった。
本も人も偶然の出会い。少しのボタンの掛け違いで、生まれて消えるもうひとつの世界線。
出会ってしまった後には、出会わなかった頃には戻れない。
ぬくもりを知った後は、ぬくもりを知らなかった頃には戻れない。
いつか悟るとしても。
いつか悔やむとしても。
戻りたくなかった。
離れたくなかった。
帰路を辿る頃に車窓に雪がちらつき始めた。せっかちな雪雲は、夕方の訪問予定を少し早めたようだ。
雪を降らせ続ける空が完全に闇に呑まれると、冷え込みはますます厳しくなった。
強めの暖房が効いたリビングのテーブルには、ささやかなクリスマスディナーが並ぶ。ショッピングセンターの食品売場で購入したオードブルセット、小さなホールのクリスマスケーキとロゼのワイン。
品物は安価でも二人で過ごす初めてのクリスマスを華やかに彩ってくれた。
グラスに注がれた薔薇色に煌《きら》めくロゼで乾杯をした直後、席を立った愁は部屋の隅に放置された自身のセカンドバッグをまさぐり始めた。
戻って来た愁に渡された物は見覚えのある小さな紙袋だ。
『クリスマスプレゼント』
「これって、前にムゲットで園美さんから受け取っていた物?」
『そう』
素っ気ない返事を返した愁はロゼを喉に流し込み、何故かうつむいている。
無言の彼の隣で紙袋を開いた美夜は、気泡緩衝材《きほうかんしょうざい》に包まれた中身を取り出した。緩衝材の奥から姿を現した物が美夜の手のひらの上を軽やかに転がる。
「指輪……?」
『まさか女に指輪を贈りたくなるとは思わなかった。人生初』
「照れてる?」
『照れてねぇよ』
「顔赤い」
『酔ってるだけ』
グラスの半分もワインを飲んでいないくせにその言い訳は通じない。頬の赤みの理由をアルコールに押し付けた愁が可愛く思えた。
寄り道の本屋で愁が選んだ小説はフィクションを交えた歴史小説。暇潰しの流し読みをするには、このジャンルの本がちょうどいいらしい。
美夜が選んだ一冊は彼女にしては珍しい毛色の小説だった。数年前に人気女優を主演にしてドラマ化も果たしたシリーズものの長編小説の主人公は、警視庁捜査一課の女刑事。
十代の頃ならいざ知らず、フィクションの推理小説に今の自分の食指が動くとは思わなかった。
ドラマ版で主演を務めた女優は今も活躍しているが、美夜は原作もドラマも知らない。
女刑事主役のミステリーシリーズは全五作で完結らしいが、本を購入した小さな書店にはシリーズ作品の一作目と三作目、五作目が並び、二作目と四作目は不在だった。
一作目の文庫本は美夜が手元に呼び寄せたため、書店の棚には三作目と五作目の中途半端な巻数だけが今も並んでいる。
美夜は、シリーズ作品は一作目から順に読み進めるタイプだ。もしも書店に一作目がなく、三作目と五作目だけが並んでいれば、おそらく美夜はこの物語と出会わなかった。
本も人も偶然の出会い。少しのボタンの掛け違いで、生まれて消えるもうひとつの世界線。
出会ってしまった後には、出会わなかった頃には戻れない。
ぬくもりを知った後は、ぬくもりを知らなかった頃には戻れない。
いつか悟るとしても。
いつか悔やむとしても。
戻りたくなかった。
離れたくなかった。
帰路を辿る頃に車窓に雪がちらつき始めた。せっかちな雪雲は、夕方の訪問予定を少し早めたようだ。
雪を降らせ続ける空が完全に闇に呑まれると、冷え込みはますます厳しくなった。
強めの暖房が効いたリビングのテーブルには、ささやかなクリスマスディナーが並ぶ。ショッピングセンターの食品売場で購入したオードブルセット、小さなホールのクリスマスケーキとロゼのワイン。
品物は安価でも二人で過ごす初めてのクリスマスを華やかに彩ってくれた。
グラスに注がれた薔薇色に煌《きら》めくロゼで乾杯をした直後、席を立った愁は部屋の隅に放置された自身のセカンドバッグをまさぐり始めた。
戻って来た愁に渡された物は見覚えのある小さな紙袋だ。
『クリスマスプレゼント』
「これって、前にムゲットで園美さんから受け取っていた物?」
『そう』
素っ気ない返事を返した愁はロゼを喉に流し込み、何故かうつむいている。
無言の彼の隣で紙袋を開いた美夜は、気泡緩衝材《きほうかんしょうざい》に包まれた中身を取り出した。緩衝材の奥から姿を現した物が美夜の手のひらの上を軽やかに転がる。
「指輪……?」
『まさか女に指輪を贈りたくなるとは思わなかった。人生初』
「照れてる?」
『照れてねぇよ』
「顔赤い」
『酔ってるだけ』
グラスの半分もワインを飲んでいないくせにその言い訳は通じない。頬の赤みの理由をアルコールに押し付けた愁が可愛く思えた。