〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
『あんた人殺したことあるよな? それもひとりやふたりじゃない』
『何とも言えませんね』
『否定もしないんだな。普通は慌てて否定するぞ』
『普通と呼ばれる感情はどこかに棄てました。あなたのこれまでの話を俺なりの解釈でまとめると、もしも俺が人殺しなら美夜の俺への気持ちはそれに同調しただけだと、九条さんは仰《おっしゃ》りたいんですか?』

 軽々しく美夜を呼び捨てにする愁が気に入らない。溢れる個人的感情は拳の震えとなって可視化される。
震える右の拳を左手で押さえ、けだるげに煙草をふかす愁を睨んだ。

『その解釈で間違いない。仮にあんたが俺達が追っているジョーカーだとして、あんたの正体を知っているのに神田は動かないんだ。あんたにとっては遊びでもアイツは何て言うか……ピュアだろ?』
『言いたいことはわかります』
『本気じゃないならきっぱり別れてやってくれ。神田を振り回さないで欲しい』
『……神田美夜に本気だったら、どうします?』

愁からその言葉が出るとは思わなかった。愁の口振りは相変わらず冷静でも、今までとは何かが違う。

 二人の男の宣戦布告。九条と愁の視線が鋭く絡んだ。

『避妊もせずにやるだけやってその後の連絡をシカトしていた男が、女に本気だとは思えない』
『相棒のプライベートにずいぶん踏み込むんですね。彼女も俺が連絡を無視した理由は理解しています』

 九条の愁に対する尋問はバディの立場を越えた行為かもしれない。この件を美夜が知れば、お節介や余計なお世話だと罵《ののし》られるだろう。

美夜にはいつもみたいに勝ち気に皮肉を言われた方がマシだ。弱々しい美夜を見ていると感情が制御できなくなる。
バディの一線を越えてしまいそうになる。

『本気なら不安にさせて泣かせるなよ。アイツの悲しんでる顔は俺が見たくない』
『惚れてますね』
『ああ、惚れてるよ。でも俺じゃダメなんだ。それは充分わかってる。だけどこのままあんたと関わり続ければ、神田は刑事でいられなくなる。俺は大事なバディを失いたくない』
『要件はわかりました。一応、心に留めておきますよ』

 携帯灰皿に煙草を捨て去った愁は、九条が腰掛ける出世の階段の右横を一瞥した。出世の階段が急勾配で真っ直ぐな男坂に対し、右横の女坂は傾斜も緩やかで階段も途中でカーブしている。
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