〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
女坂に近い場所に潜むもうひとりの刑事の存在を承知で、愁はわざと女坂側の狛犬にポジションを定めたのだ。そのもうひとりの刑事が美夜ではないことも、愁は見抜いている。
「普通の人間は見える位置に人がいなければ、ここにいるのは九条くんだけだと思い込む。他に人がいたとしても場所が神社なら参拝客だと思うでしょう。だけど私に向けられた木崎の視線は獲物を捕らえる目をしていた。こういう場面に慣れている証拠ね。……食べる?」
真紀のコートのポケットからは煙草ではなく、個包装された一口サイズのチョコレートが出てきた。九条の手のひらに置かれた、茶色い包装紙にくるまれたミルクチョコレートはとても甘い。
チョコを頬張る彼女は霧雨に顔を向けて唸っている。時折、彼女が口ずさむ鼻歌のメロディは数年前に放送された特撮ヒーローの主題歌だ。
九条の姪がヒーロー番組を夢中になって見ていた記憶がある。忘れがちだが、真紀は二人の子どもの母親だった。
『何を考えているんですか?』
「木崎が言っていたトロイの木馬がジョーカーの役割だとして、そんな厄介な爆弾を仕掛けた奴は誰かと思ってね。夏木十蔵が自分の帝国にトロイの木馬を仕掛けるわけがないし……」
『すみません、意味がちょっとわからないです。まずトロイの木馬がわかりません』
「私もギリシャ神話には詳しくないけどね。旦那が知識人だから色々と教えてくれるのよ。ネットで調べてみなさい」
とりあえずトロイの木馬をスマホで検索する。トロイの木馬の元は、トロイア戦争を終わらせる決め手となった巨大な木馬の話らしい。
「木崎のあの言い方だと、夏木十蔵の帝国をいつか崩壊させるためのトロイの木馬をわざと仕掛けた人間がいる。私の予想では、それはカオスのキングね」
『カオスのキングが? だけどキングは夏木十蔵のビジネスパートナーじゃないんですか?』
「キングが“そういう男”だからよ。あの極悪人はどこまで先を読んでいるのかしらねぇ」
わかるようでわからない。
犯罪組織カオスのキングと夏木十蔵も、木崎愁と神田美夜も、それぞれの思惑と感情の糸が錯綜《さくそう》する。
晩秋の空気に糸の雨が降り注ぎ、街が水気にぼやけていく。
何もかもが霧の中で募る想いの正体に気付いても、この淡い恋は心の霧に紛れて隠した。彼女の隣に居続けるために。
「普通の人間は見える位置に人がいなければ、ここにいるのは九条くんだけだと思い込む。他に人がいたとしても場所が神社なら参拝客だと思うでしょう。だけど私に向けられた木崎の視線は獲物を捕らえる目をしていた。こういう場面に慣れている証拠ね。……食べる?」
真紀のコートのポケットからは煙草ではなく、個包装された一口サイズのチョコレートが出てきた。九条の手のひらに置かれた、茶色い包装紙にくるまれたミルクチョコレートはとても甘い。
チョコを頬張る彼女は霧雨に顔を向けて唸っている。時折、彼女が口ずさむ鼻歌のメロディは数年前に放送された特撮ヒーローの主題歌だ。
九条の姪がヒーロー番組を夢中になって見ていた記憶がある。忘れがちだが、真紀は二人の子どもの母親だった。
『何を考えているんですか?』
「木崎が言っていたトロイの木馬がジョーカーの役割だとして、そんな厄介な爆弾を仕掛けた奴は誰かと思ってね。夏木十蔵が自分の帝国にトロイの木馬を仕掛けるわけがないし……」
『すみません、意味がちょっとわからないです。まずトロイの木馬がわかりません』
「私もギリシャ神話には詳しくないけどね。旦那が知識人だから色々と教えてくれるのよ。ネットで調べてみなさい」
とりあえずトロイの木馬をスマホで検索する。トロイの木馬の元は、トロイア戦争を終わらせる決め手となった巨大な木馬の話らしい。
「木崎のあの言い方だと、夏木十蔵の帝国をいつか崩壊させるためのトロイの木馬をわざと仕掛けた人間がいる。私の予想では、それはカオスのキングね」
『カオスのキングが? だけどキングは夏木十蔵のビジネスパートナーじゃないんですか?』
「キングが“そういう男”だからよ。あの極悪人はどこまで先を読んでいるのかしらねぇ」
わかるようでわからない。
犯罪組織カオスのキングと夏木十蔵も、木崎愁と神田美夜も、それぞれの思惑と感情の糸が錯綜《さくそう》する。
晩秋の空気に糸の雨が降り注ぎ、街が水気にぼやけていく。
何もかもが霧の中で募る想いの正体に気付いても、この淡い恋は心の霧に紛れて隠した。彼女の隣に居続けるために。