〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
小雨が散る肌寒い夜だった。傘も差さずに赤レンガのマンションの前に佇む木崎愁はガラス扉を押し開け、エントランスに侵入する。
オートロックの呼び出しボタンで彼女の部屋番号を押しても応答はない。
まだ帰宅していないようだ。踵を返して雨の街に舞い戻る彼の足音は、後ろ髪を引かれている。
行き付けのイタリア料理店、ムゲットがある坂道に抜け出す曲がり角で、赤い傘と出くわした。鬼灯《ほおずき》の実と同じ赤色の傘の下に、無表情な神田美夜が立っていた。
「……びっくりした」
『そのわりには驚いてないな』
美夜の持つ赤い傘を取り上げて彼女の側に潜り込む。こちらを見上げて何か言いたげな彼女の額に、愁は唇を寄せた。
「……いつからそんなに甘い男になったのよ?」
『生まれた時から』
「嘘つき」
額のキスにさえ頬を染める美夜を傘で覆った。うつむく彼女の歩みに合わせて、再び辿り着いたレンガ造りのマンションの内側に彼は侵入を許可された。
美夜の自宅は三◯三号室。部屋に入ってすぐ、玄関の鍵をかける彼女を背後から抱き締める。
艶のある黒髪に鼻先を沈めると、彼女からは雨の薫りがした。
『さっき、お前の相棒に呼び出されて会ってきた』
「九条くんと? 何を話したの?」
『世間話と……宣戦布告?』
「宣戦布告?」
玄関の扉を背にして振り向いた美夜の唇に、噛み付くようなキスをした。暗がりの玄関では互いの表情もまともに見えない。
唇の接触だけで感じ合う心。触れた唇同士をスライドさせ、たまに甘く噛みついて、戸惑う彼女自身を夢中で貪った。
軽めのリップ音を響かせてふたつの唇が離れる。力が抜けてふらつく美夜の身体は愁の胸元に着地した。
『人殺しに同僚刑事。絵に描いたような三角関係で大変だな』
「他人事みたいに言わないでよ。誰のせいで人が頭を悩ませていると思うの?」
愁の腕の中で美夜は乱れた呼吸を整えている。雨の匂いが充満する玄関に立ち尽くす男と女は抱き合いながら、秘密の囁きを繰り返す。
「あなたがジョーカー?」
『九条もジョーカーを知っていた。お前らはどこまで掴んだ?』
「私が知ってるジョーカーの情報は、捜査会議で組対の刑事が話してくれたことだけ。ジョーカーは夏木十蔵専属の殺し屋だと聞いている。……ジョーカーはあなたでしょう?」
『警察も馬鹿じゃねぇな。俺がジョーカーだとして、美夜が選択できる答えは三つだ』
「三つ?」
ロングコートのポケットから愁が取り出したのはコートと同じ色をした黒い塊。
『俺を逮捕する、逮捕しないなら俺に殺される。三つ目は、殺されるのが嫌なら俺を殺せ』
愁が放り投げた黒い塊の正体は拳銃だ。硬い音を響かせてフローリングを滑る銃が、玄関と居室を隔てる扉に勢いよく衝突した。
オートロックの呼び出しボタンで彼女の部屋番号を押しても応答はない。
まだ帰宅していないようだ。踵を返して雨の街に舞い戻る彼の足音は、後ろ髪を引かれている。
行き付けのイタリア料理店、ムゲットがある坂道に抜け出す曲がり角で、赤い傘と出くわした。鬼灯《ほおずき》の実と同じ赤色の傘の下に、無表情な神田美夜が立っていた。
「……びっくりした」
『そのわりには驚いてないな』
美夜の持つ赤い傘を取り上げて彼女の側に潜り込む。こちらを見上げて何か言いたげな彼女の額に、愁は唇を寄せた。
「……いつからそんなに甘い男になったのよ?」
『生まれた時から』
「嘘つき」
額のキスにさえ頬を染める美夜を傘で覆った。うつむく彼女の歩みに合わせて、再び辿り着いたレンガ造りのマンションの内側に彼は侵入を許可された。
美夜の自宅は三◯三号室。部屋に入ってすぐ、玄関の鍵をかける彼女を背後から抱き締める。
艶のある黒髪に鼻先を沈めると、彼女からは雨の薫りがした。
『さっき、お前の相棒に呼び出されて会ってきた』
「九条くんと? 何を話したの?」
『世間話と……宣戦布告?』
「宣戦布告?」
玄関の扉を背にして振り向いた美夜の唇に、噛み付くようなキスをした。暗がりの玄関では互いの表情もまともに見えない。
唇の接触だけで感じ合う心。触れた唇同士をスライドさせ、たまに甘く噛みついて、戸惑う彼女自身を夢中で貪った。
軽めのリップ音を響かせてふたつの唇が離れる。力が抜けてふらつく美夜の身体は愁の胸元に着地した。
『人殺しに同僚刑事。絵に描いたような三角関係で大変だな』
「他人事みたいに言わないでよ。誰のせいで人が頭を悩ませていると思うの?」
愁の腕の中で美夜は乱れた呼吸を整えている。雨の匂いが充満する玄関に立ち尽くす男と女は抱き合いながら、秘密の囁きを繰り返す。
「あなたがジョーカー?」
『九条もジョーカーを知っていた。お前らはどこまで掴んだ?』
「私が知ってるジョーカーの情報は、捜査会議で組対の刑事が話してくれたことだけ。ジョーカーは夏木十蔵専属の殺し屋だと聞いている。……ジョーカーはあなたでしょう?」
『警察も馬鹿じゃねぇな。俺がジョーカーだとして、美夜が選択できる答えは三つだ』
「三つ?」
ロングコートのポケットから愁が取り出したのはコートと同じ色をした黒い塊。
『俺を逮捕する、逮捕しないなら俺に殺される。三つ目は、殺されるのが嫌なら俺を殺せ』
愁が放り投げた黒い塊の正体は拳銃だ。硬い音を響かせてフローリングを滑る銃が、玄関と居室を隔てる扉に勢いよく衝突した。