〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 美夜は耳元のインカムを接続した。

「こちらに発砲してB棟からA棟方面に向かって行った男……二人いる木羽会の男達のどちらかだと思います」
{待って、映像確認する。……狙撃者は木羽会の梶浦よ。さっきまでC棟にいたはずだけど、B棟とC棟の渡り廊下を使って移動してきたのね}

 A棟方面に逃げたのは木羽会の梶浦。梶浦の狙撃に気付いた愁が美夜をベンチ裏に隠さなければ、美夜は今頃撃たれていた。

『勝手なことしやがって……っ!』

 滝本の苦々しい独り言が聞こえた。たまたま梶浦の銃に狙われたのは美夜だったが、着弾の位置次第では戦闘中の九条や滝本、気絶して地面に伸びている飯森に銃弾が当たっていた可能性がある。
梶浦には味方も敵も関係ないということだ。

 滝本は自分達を“奪われた者達”と言い表した。滝本や飯森を含むリゾートホテル計画反対派メンバーが奪われたものは、ホテルやショッピングモール建設によって失った館山の自然と穏やかな暮らし、嘘の悪評を流されて潰されたペンションや喫茶店だろう。

だが、リゾートホテル計画とはまるで関係がない他の者達は何を“奪われた”?

 この立てこもりの犯人グループ、内情は仲間同士の連携と意志疎通がまるで取れていないのではないか。発砲した梶浦に対する、滝本の独り言がそれを物語っている。

「狙撃もあのジェスチャーも、来るなら来てみろって煽られてる気がする」
『逃げるだけなら、わざわざ発砲して存在ばらす必要ねぇからな。どうする?』
「梶浦の動きは気になる。でも滝本を突破しないとA棟には行けないし、ここで九条くんを置いてはいけない」

 舌打ちした愁は、インカムを装着していない側の美夜の耳元に唇を寄せた。胸元の小型カメラに音声が入らない程度の声量で愁が囁く。

『射撃と武道どっちが得意?』
「強いて言えば射撃」
『じゃあ梶浦を追え。俺がそれを持つのはまずいだろ?』

 愁の視線は美夜の手元の拳銃に注がれた。刑事の美夜や九条よりも、殺戮の場数をこなしている愁の方が銃に慣れている。

警察学校で射撃訓練を受けた警察官であっても、所属部署によっては滅多に拳銃は撃たない。
特殊な任務を授けられたSATやSIT、要人警護のSPは別として、現場で一度も銃の引き金を引かずに定年を迎える刑事も少なくない。

 拳銃の携帯命令や上司からの発砲許可、刑事が銃を撃つまでには細かな手続きが必要となる。美夜もこれまでに現場で銃を撃った回数は、せいぜい片手で数えられるほど。
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