〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 ヤクザを相手にした銃撃戦の適任者は愁だ。でも愁には、この銃を預けられない。

「一応あなたは民間人だからね」
『一応な』
「九条くんに動きを合わせられる?」
『あっちが俺を歓迎してくれたら』

 九条と滝本の格闘は続いているが、九条ひとりでは歯が立たない。愁と二人がかりなら滝本を押さえられるだろう。

腕時計で確認したSITのC棟突入まであと2分。その後のB棟とA棟への動線を作るためにも、ここで滝本と梶浦とは決着をつけたい。

「九条くんは利き目が右で左の視野が狭くなりがちだから、できたら左側のフォローをお願い」
『わかった』

この場を愁と九条に任せ、美夜は梶浦を追ってA棟方面に走り出した。

 A棟に向かった美夜を追いかけようと、方向を変えた滝本の行く手を愁は塞いだ。

血の気の多いジムトレーナーの拳や足技を淡々とかわし、相手が技を出す直前に生まれる一瞬の隙を見計らって、愁のストレートパンチが滝本の頬を潰す。

拳を受けて滝本が地面に仰け反る間に、彼はベンチにもたれていた九条の腕を掴んで立たせた。
九条は体力の消耗が激しい。滝本に殴られた口元には血が滲んでいる。

『神田を先に行かせた俺ってかっこいいとか思ってんだろ?』
『そんなことはどうでもいいが、ここはさっさと終わらせるぞ。美夜の身体に傷付けられたくねぇからな』
『だから、あいつを自分の女扱いするな』

 九条の愁に向けられた敵意は美夜の存在が大きい。彼女の相棒は、相手が面倒な番犬だった。

 人を殴った後の拳は赤く腫れてヒリヒリと痛む。普段の戦闘では圧倒的に足技が多く、愁は久々に格闘で使った手の甲をさすった。

九条の銃を奪って滝本を撃ち殺してしまえば話は早いが、美夜がそれを望まない。ジョーカーの一面を露にして警察の魂胆に乗るのも癪《しゃく》である。

『仕方ないからそっちの動きに合わせてやる。その代わり一撃で決めろよ』
『ほんっといちいち腹が立つ男だ。こんな男のどこがいいのか、理解に苦しむ』

 九条の嫌味に愁は冷笑で返した。確かに、美夜はこんな犯罪者のどこがいいのか、当事者の愁も理解はできない。

 どれだけ愁を嫌おうと格闘となれば話は別。この場では愁の協力が不可欠と悟った九条も、それ以上は嫌味も文句も言わない。

 美夜の指示に従って愁は九条の左側の補佐に回る。愁と九条は、呼吸を合わせて同時に滝本への攻撃を仕掛けた。

いくら空手の有段者でも、それなりの格闘ができる男二人の相手を同時に行うのは容易ではない。体力を消耗しているのは滝本も同じだ。

 九条は右側から拳を、愁が左側から膝蹴りを。これが最後の一撃となって、地面に倒れた滝本の動きが完全に止まった。

九条のインカムにC棟制圧完了の連絡が入ったのは、滝本の両手に彼が手錠をかけた数秒後だった。
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