〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 銃を構える美夜と九条は周囲の気配に意識を集中させ、トイレまで歩を進める。トイレの入り口に点々と続く血飛沫《ちしぶき》が、廊下には一滴も落ちていなかった。

「トイレから廊下に出る時に凶器をしまったか、血を拭ったか……」
『現場がトイレなのは間違いなさそうだ』

 当然のごとくこの学校には女子トイレしかない。清潔が保たれた白い床とベビーピンクの壁が明るい印象を与えるトイレは、どの個室も扉が開け放たれていた。

 現場はすぐに判明した。左右に七つ並ぶ個室の左側、手前から四番目のトイレの床が赤く濡れていた。

最悪の事態を想定して四番目の個室を覗き込んだ美夜と九条が目にした顔は、思いもよらない人物だった。

 ベビーピンクの壁に飛び散った血の壁画。
洋式便器に右半身を傾けさせて絶命していた人物は男だ。生徒の死体を予想していた美夜達にとっては、あまりにも意外な惨状にしばし絶句する。

 男は頸《くび》から喉を掻き切られている。壁も床も男も血まみれ。おびただしい出血量だ。
美夜は背後に立っていた愁に顔を向ける。

「身元の確認お願いできる?」
『俺の確認が必要?』
「多分……あなたの知ってる人」

 美夜と会話をしながらも、愁はトイレの右奥をじっと睨みつけていた。その視線を外して彼は美夜の隣に立つ。
腰を屈めて血溜まりに沈む男の死に顔を凝視した愁は、一言呟いた。

『巻田だな』
「やっぱりね。確認ありがとう」

夏木コーポレーション元社員の巻田恒星の遺体を見ても愁の顔色は変わらない。
こんな血まみれの死人を見ても平然としていられる人間は、医者か刑事か犯罪者だけ。普通の人間は気絶している。

 美夜はインカムを対策本部にいる真紀に繋げた。

「身元確認とれました。巻田恒星に間違いありません。頸部に刃物による刺し傷があります。体温や死斑の具合を見て死後30分程度」
{わかった。SITは今動けないから、裏門で待機してる杉浦さんをそっちに行かせる}

 床を覆い尽くす血溜まりを踏まないように、大柄な身体をトイレに忍ばせた九条は死後硬直がまだ始まっていない巻田の片手を開いた。

『トイレに巻田がいた理由はこれだろうな。小型の隠しカメラだ』

巻田の手のひらには小型カメラの部品が転がっていた。九条が拾い上げたそれを見て愁が舌打ちする。

『コイツ、学校でも盗撮をやる気だったか。懲りねぇな』
「カメラをトイレに仕掛けようとしたところを殺された? でも誰に……」
『そこに隠れてる人間に聞けばいいだろ。俺達がトイレに入った時から、そこにいたんだから』

 愁が指差したのは、先ほど彼が睨みつけていた右側の奥の個室。あそこだけ内開きの扉が開ききっていない。

美夜と九条は瞬時に銃を構えた。個室から聞こえた物音と誰かの速い呼吸の音。
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