〜Midnight Eden〜 episode5.【雪華】
 この危険な賭けは美夜と九条と愁、今は言葉を交わせない三人の意志疎通を必要とする。トイレの表では杉浦が待機しており、インカム越しに四階生徒の避難人数が八割を越えたと伝えられた。

「陣内を好きなあなたには悪いけどあの男、他の生徒の話では冴えなくて暗い教師だって評判だったよ。そんな男に一目惚れだなんて、変わった好みしてるのね」

 水穂の口元がヘの字に歪んだ。水穂がどんな男に惚れようと美夜は関心がない。異性の好みは個人の自由だ。

しかしこの場で水穂を煽るには、陣内の話題はうってつけ。あとひと押しの決め手はやはり、あの件だろう。

「陣内と萌子には身体の関係があった。未成年、しかも生徒に手を出す教師は最低よ。でもあなたは陣内に手を出してもらえなかったのね。それで萌子に嫉妬して殺したの?」
「……あんたに何がわかるのっ?」

 巻田を殺した後でも淡々とした態度を崩さなかった水穂の怒りに火がついた。怒りの矛先は陣内を侮辱した美夜に向かい、水穂は人質の少女を突き飛ばして、美夜めがけてナイフを振り上げる。

突き飛ばされてバランスを崩した少女は足をもつれさせながら愁の背後に逃げ込んだ。少女は、美夜と愁が送ったアイコンタクトの意味を汲み取ってくれた。

少女は愁が庇ってくれている。水穂と人質を引き離せればこちらのもの。

 水穂の背後に回り込んでいた九条がナイフを持つ水穂の腕を掴み、彼女の動きを封じた。

「15時17分、殺人の現行犯で逮捕する」

煽り役の美夜、人質保護の愁、水穂の動きを封じる九条。
三者の言葉のない意志疎通が噛み合った瞬間に、河原水穂の自由は殺人の罪状を刻んだ鉄の鎖で拘束された。

 逮捕した水穂を杉浦刑事に引き渡す。手錠で両手を繋がれた水穂は、精神が虚脱した身体を機械的に動かしていた。
夜明け前と同じ暗さの彼女の瞳に美夜が映る。

「ねぇ、そこの刑事さん。上に行くなら気をつけてね。あの子は人殺しの私よりも性格歪んでるよ」
「あの子? 雪枝ちゃんのこと?」

水穂は力なくかぶりを振り、薄笑いの口元が妖しく動いた。

「雪枝は可哀想だよね。あの子は利用されてるだけ。雪枝は爆弾を偽物だと思ってる。そういうことにして、皆で雪枝を騙したの」

 気掛かりな言葉を残して水穂は杉浦に連行されていく。人質の少女に怪我はなく、多田刑事が校舎から連れ出してくれた。
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