パーフェクト・フィグ



雅俊は微かに動いてすみれを見た。

すみれは見えない何かに怒っていた。

表情は変わらなかったが、
白い頬が、僅かに赤らんでいた。


「子どもだよ。
 百何歳とかじゃないんだよ。
 助けたいって思って、何がだめなの」


すみれの医師としての信念だと思った。

雅俊は、言葉に迷った挙句、
ぎこちなく口を開いた。


「…だめじゃない。
 ただ、そこまで信念を持って
 働いている医者は、貴重だ」


体力勝負の外科医は減少している。
知識だけでなく、圧倒的な技術力。

日本は、どれだけ難易度の高い手術を
何件こなしたとしても、
貰える給料は同じだ。

特に、大学病院では。

美容整形の需要が高まるようなこの時代、
すみれのような医者は早々いないだろう。


「そんな医者を、簡単に失うわけにはいかない。
 簡単に失うようにできてるんだよ、日本じゃな」

「…」


すみれは何も言わない。

いつもなら、伝えることが面倒で、
多くを語ることはしない。

だが、雅俊はすみれの信念が
消えていくことが気に入らなかった。


「お前が医者として、
 今後も多くの子どもを救っていくには、
 猪突猛進だけじゃだめだ」


すみれが雅俊の方を向く。

雅俊はそれとなく、
いや、反射的に前を向いた。


「…ただ、それだけだ」


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