外商部御曹司は先輩彼女に最上級のロマンスを提供する
 一介の社員がしゃしゃり出て何を言ってるんだと思われても構わない。
 いずれ百貨店運営の中枢を担いたいと考える一樹君の夢をここで躓かせたら駄目だ。

「深山、皆さんのご迷惑になる。靴を渡せたんだし戻ろう」

 主任が重い空気に耐えきれず、わたしの袖を引っ張ってきた。

 背景はどうあれ一樹君のお客様で起きたトラブルであり、担当がお咎め無しとはいかないのが通例。あげく社長の耳に入る事案となれば是正処置を確実にしなければならない。

(分かってる、分かってるけど、このままじゃいけない!)

「ほら深山、行くぞ」

「待ちなさい」

 すると社長が立ち上がり、頭を下げたまま動かないわたしの前へやってくる。

「深山君、と言ったね? 顔を上げなさい」

 言われた通り、ゆっくり身体を起こす。

「まずお客様の所望の品を手配してくれてありがとう」

「いえ、販売員として当たり前の事です」

 人事権も持つ相手に食い下がれば、自分の身に影響があるやもしれないと覚悟する。

 グッと表情に力を込め、社長の瞳を見返す。ドクドクと心臓が脈を打つ。

「それから愚息どもが迷惑を掛けてすまなかったね」

 ここで社長はポンッと一樹君の肩を叩き、次に亮太さんの方へ視線を流す。

「え?」

「なんだ? 君は自分が務める会社の社長の名前を知らないのかい?」

「え、あーー花岡社長です」

「そうだ。花岡一樹は次男で、亮太が長男だよ。この事は側近の一部にしか話していないがね」

「……」

 想像もしていなかった展開に言葉を失う。佐竹さんや主任も同じリアクションだ。
< 111 / 116 >

この作品をシェア

pagetop