外商部御曹司は先輩彼女に最上級のロマンスを提供する
(休憩に入って)

 腕時計を指し、口パクで指示を出す。だが彼は首を横に振るばかり。そうこうしていると用件を一方的に告げられた。

『これから靴をご所望のお客様がみえる。フィッティングをお願いしたい』

 相変わらずこちらのスケジュールなどお構い無し。顧客情報をメールした旨を付け加えられ、通話は切れる。

「はぁ」

 ため息が出た。

「また難題を押し付けられたんですか?」

「難題とまではいかない、かな? 難題であろうと致しかねると言わないのが外商部だけど」

 外商部はお客様の要望(リクエスト)にノーを言わない、期待を裏切ってはならない。

「仮にお客様が蓬莱の玉の枝が欲しいと言ったら?」

「それ、かぐや姫に例えてるの? うーん、職人に作って貰うんじゃない?」

「月へ行きたいと言われたら?」

「宇宙旅行を提案するとか?」

 ノーとは言わないと説明したが、当然常識の範囲内での話。そして、外商部員が担当する顧客の常識がわたし達と違うのも真実でーー

(もしかすると花岡君の金銭感覚はあちら寄りかもしれない)

「ここは俺が片付けておくので休憩をどうぞ。腹が減っては戦はできぬでしょう?」

「戦って、そんな言い方しないで。でもありがとう、お言葉に甘える」

「はい、いってらっしゃい」

 彼がどんな気持ちでわたしを送り出したのかーーこの時は知る由もなかったんだ。
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