外商部御曹司は先輩彼女に最上級のロマンスを提供する
 ボールジョイントと呼ぶ指の付け根と靴の曲がる部分にズレがないか確かめる動作が止まる。

「……お客様に好意を抱くこと、ですか?」

 無いと断言したいが、していいか迷う。

「うん、そう。お客様は恋愛対象?」

 月曜10時枠のドラマといえば恋愛ジャンルが好評だ。きっとシューフィッターの仕事内容より『お客様と販売員が恋愛関係となる』展開に焦点が当てられるのだろう。わたしも視聴者ならばそこが観たい。

「実は私の妻は元お客様でして」

 ここで佐竹さんが語る。

「お客様として接している時は恋愛感情を持たない、持ってはいけないと思いました。
 ただ、恋愛感情を持ってはいけないと意識する時点で私は妻に惹かれていたのでしょうね」

「へぇ」

 亮太の相槌は相変わらず短いものの、わたしの時と違い面白そうに口角を上げた。

「例えば服を選ぶとします。お似合いになるデザインをお勧めするのは当たり前ですが、そこへ自分の趣向が混じり始めたなら……。
 私はそこで妻をお客様でなく女性と見ているのだと気が付きました」

 これぞ亮太が知りたかった答え。かつ、わたしが導けなかった正解。

「奥さんとは円満?」

「貴方の大ファンですよ」

 2人はわたしを抜きにして微笑み合う。

 販売員は商品を売るだけではない、この言葉の意味を思い知らされた。
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