外商部御曹司は先輩彼女に最上級のロマンスを提供する


「先輩?」

 ハッと我に返った時刻はーー閉店間際。蛍の光が流れる館内を見回す。

「あ、ごめん、ごめん!」

「……大丈夫ですか?」

 花岡君の耳に入らないはずがない、そして大丈夫なはずもない。わたしの失態はあっという間に共有される。

「悪いけど先に上がらせて貰っていいかな?」

 このまま布団を被り泣いてしまいたかった。

「それは構いませんが……」

「早めに寝るよ!」

「眠れます?」

「お酒、飲んじゃおうかな」

 コンサート後の泥酔以来、断酒を続けていたが、今夜はアルコールの力を借りないと越えられそうもなくて。

「じゃあ付き合います」

「え?」

「そうですねーー帰り支度が整ったら従業員出入り口、いや、現地で待ち合わせましょうか。場所はメールします」

 彼は業務へ戻る。
 急な誘いに対し行くと言ってないが、行かないとも言わなかった。花岡君の気遣いに素直に甘えてしまいたくなる。
 ここまで弱っているのか、額へ手を当ててみた。若干、熱っぽい気がする。精神的な発熱だろう。

(佐竹さんに叱責された訳じゃないのに)

 むしろ佐竹さん『は』何も言わず、彼の部下が事の顛末を吹聴した。
 当事者じゃない口から発する言葉尻にはヒレがつき、皆の好奇心を束ねながら職場を泳ぎ回る。
< 56 / 116 >

この作品をシェア

pagetop