外商部御曹司は先輩彼女に最上級のロマンスを提供する

花岡side



「花岡!」

 閉店作業を終え、バーへ向かおうとしていた所を呼び止められた。振り向くまでもなく彼だと分かる。
 ここ最近ずっと同じ提案をしてくる外商部員ーー佐竹だ。

「お疲れ様です」

「おう、お疲れ。君も良かったら一緒に飯でもどうだ?」

 部下を引き連れ、これから祝杯でも上げるつもりだろうか? 彼が上機嫌な理由に心当たりがある分、眉間へしわが寄る。

「すいません、大事な予定がありますので遠慮しておきます」

 深山先輩がバーへ向かったと把握している。あまり待たせると飲み過ぎてしまう可能性が高い。佐竹との会話などさっさと切り上げたいが、あちらはそうさせない様子。

「ほぅ、大事な予定とは?」

「プライベートな事ですのでお答え出来ません」

「ははっ、アイドルみたいな言い回しだ。深山さんの件、もちろん聞いたな?」

 佐竹は鼻を鳴らし腕を組む。

「あれだけ騒げば嫌でも耳にも入ります」

 その答えに部下の1人が身を乗り出そうとするも、佐竹は片手で制する。

(ふん、よく躾けられた犬だな)

 心の中で毒つく。

「その目、深山の番犬にでもなる気か?」

 犬で例え返され、つい吹き出してしまう。

「何がおかしい?」

「いえいえ、心を読まれてしまったのかと驚いただけです。外商部エースともなると人心掌握がお上手ですね」

「お前こそ物怖じしない度胸を褒めてやるよ。だが、尻尾を振る相手を間違えない事だ。俺が取り立ててやってるうちに決断しておけ」

「……」

「お兄さんも花岡の出世を望んでいるぞ」

 外商部への移動は辞退した。時期尚早と自分でも思うし、周囲から思われている。

「チャレンジ精神で挑み、失敗を繰り返しつつ成長していくにしろ、迷惑を被(こうむ)るのはお客様です」
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