外商部御曹司は先輩彼女に最上級のロマンスを提供する
 目の前で先輩の販売員としてのプライドが傷付いている。慰めたくても浅い職歴では癒やせない。

「今回の件で飛ばされるかもしれない。売り場に立てなくなったら、どうしよう、わたし……」

 思考が負のスパイラルに絡め取られ、先輩はもがく。

「そんな馬鹿な話、あるはずない! 俺がさせません!」

 一定の発言権があるにしろ、佐竹に先輩を異動させる権限など無い。そんな真似をしようものなら……。

「あっ、いや、その、俺が経営陣側だったら……」

「経営陣?」

「ち、違う! えっとーー」

「花岡君? 酔ったの?」

「まだ飲んでないのに酔えませんって」

 ボリュームを上げすぎた主張を冷やせとばかり、このタイミングでジントニックが置かれる。
 ひとまずそれを含むと息をつく。

「佐竹さんに過剰に叩かれるのは俺のせいでしょう? 俺があの人のスカウトを蹴ったから」

「それとこれは別問題、花岡君が気に病む必要ない。ねぇ、佐竹さんみたいな優秀な外商部員に接客のノウハウを教わった方が」

 先輩は力なく首を横に振り、自分の価値を否定した。

「それ、もしかしなくても試してます? 俺の教育係を引き続きするのかって?」

「試すって、そんなつもり!」

 とぼけながら瞳の奥が揺れている、図星か。

「なら逆に俺が試しても?」

 椅子ごと姿勢を先輩へ向け、質問を質問で返す。

「いいですか? ここからはプライベートの時間ですよ」
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