外商部御曹司は先輩彼女に最上級のロマンスを提供する
「ーーとことん甘えてみます? 俺に」

 弱みへ付け入る角度で切り込み、選択権を押し付けた。

 手が届かない対象が俺と同じ位置まで屈んでくれたら包み込みたい。いっそ、俺の所へ落ちてきたらいいのに。

「俺を選べば誰よりも大切にします」

「……花岡君」

「どうです?」

 彼女を手に入れる策ばかり巡り、腕は引っ込めたまま動かない。作り慣れた笑顔で雰囲気を醸し出す。
 景気づけに煽るジントニックの味は全くしなかった。 

「花岡君」

 名を繰り返され、真琴さんが欲しいのに手を出せない臆病な獣は失望に似た匂いを嗅ぎ取る。

「わたし達、そんな関係じゃないよね? なりたくないな」

 会話へ静かにピリオドを打ち、真琴さんは席を立つ。アルコールでふらつくこともなく、ましてや俺の介助も必要としない。

「ま、真琴さん! これは冗談で」

「冗談? 冗談で言うの?」

「いや、冗談ではなく……」

「わたし、帰るね。花岡君もあまり飲み過ぎないように。今日は付き合ってくれてありがとう」

 業務連絡の声音で告げ、真琴さんは自分の足で歩く。
 こちらへ振り返る事はーー無かった。

 カランッ、グラスの中の氷が俺達を示唆するかのよう崩れる。
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