そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛

第16話 静かなる崩壊

 帝鳳ホールディングスでのワークショップ帰りに、宗吾とひと悶着を起こした後、終始無言の彼に怯えながらの帰宅だったが、自宅でそれ以上詰られることはなかった。
 ただ、不機嫌を体現した宗吾が、何かをするたびに大きな物音を立てるので、その度にびくびくしなくてはならない。
 夕食の仕込みはしてあったので、「ごはんは……」と切り出したのだが、宗吾は無言でシャワーを浴びに行き、出てくると寝室に立てこもった。

 七瀬もすっかり食欲が失せてしまい、無駄になった食材を冷凍庫に放り込むと、シャワーを浴びてソファに横になった。
 とても宗吾のいる寝室に入っていける空気ではない。

(ほら、普段と違うことをするから……)

 こんなことになるなら、小言を言われるのを覚悟でワークショップのことは話しておけばよかった。危機回避をしようとして、見事に失敗したパターンだ。

(もう――離れたい……)

 同棲を始めて、次の春で三年。
 ときどき喧嘩をしながらも、楽しく過ごしてきたつもりだったが、ここ最近の宗吾の極端な感情の起伏に、七瀬の気持ちがついていけなくなってきた。

 でも、頭の中で何度も宗吾に別れを告げるシーンを思い描くが、その結果は決まって激昂され、ふいっと七瀬の前から立ち去る彼の姿ばかりだった。

(だめだめ、もうやめよう)

 夜は考え事をするのに向いていない。
 ソファの上で仰向けになり、全身から力を抜いて自然な呼吸に意識を向ける。屍のポーズ(シャヴァーサナ)で心身共にリラックスするのだ。
 心の中で起こる思考や感情をただ観察し、物思いに引き込まれず、今この瞬間だけに意識を向ける。
 ただ、感じるだけ。ただ、流すだけ。傍観者になることで、荒れた心を凪の状態に戻すのだ。
 いつしか、すっと眠りに入っていく――。
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