そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
金曜日の朝、出勤する宗吾を見送り、宗吾の夕食の準備をして冷蔵庫にしまう。それから日中のクラスをこなすと、夕方、名古屋へ向かうために品川駅へと足を運んだ。
プライベートでは精彩を欠く日々を送っているが、このワークショップはずっと楽しみだった。
今回のテーマは『体と心のデトックス』。
呼吸法とアーサナで体内の毒素を排出しつつ、心の浄化も促すのだ。前々から決まっていたテーマとはいえ、今の七瀬に一番必要なものかもしれない。
このワークショップで、自分自身も心身ともに毒素を抜き、清々しい気持ちで東京に帰る。そして、今抱えている懸念もすべて排出するのだ。
でも、いくら頭の中で理想を思い描いたとしても、現実は七瀬の希望と真逆の方へ向かっていく。
彼を操作しようと思っているわけでは決してないのだが、想像もしない方に着地するので、頭を抱える結果になってしまう。
今回は、その不安どおりにならないといいのだが……。
百二十分のワークショップは、定員である三十人の枠がすべて埋まっていた。
東京を離れたせいか、このところ乱れがちだった七瀬の気持ちも落ち着いていたし、受講してくれた名古屋スタジオの生徒たちからも好評だった。
たくさんの質問があったので、時間が許す限り一人一人に答え、ヨガについて語らううちに、心のデトックスもすっかり完了していた。
常にこの状態でいられればベストなのだが――。
(今なら、宗吾さんともうまく話せる気がする)
本来、もう一泊してベテラン講師のクラスを受講するつもりだった。
だが、そのことについて宗吾はかなり難色を示していたし、自分のことを認めてもらうなら、七瀬も彼の要望には応えてみせる必要があるはずだ。
(機会はまたあるだろうし、今日は帰って、宗吾さんと話してみよう)
名古屋スタジオの講師たちに挨拶をし、ワークショップ後に受講者からのアンケートなどをまとめ、名古屋でのすべての用事が済んだのが十九時過ぎだ。
今からスタジオを出れば、途中で食事をしたとしても、二十二時過ぎには恵比寿の自宅に帰れるだろう。
「寒い……!」
スタジオを出たら風が冷たく、今日は一段と冷え込みが増していた。
名古屋の方が東京よりやや寒いようだが、天気予報を見ていたら、驚くことに東京でも夜間に雪マークがついていたから、今日は全国的に真冬日なのだろう。
新幹線に乗り、『やっぱり今日帰ろうと思う』と宗吾にSNSでメッセージを送るが、品川に到着しても既読はつかなかった。
でも、通知欄だけ読んで未読無視されるのはよくあることだ。
だからと言って、あまり立て続けにメッセージを入れると「いつでも返事できるわけじゃないんだよ!」と声を荒らげられたことを思い出すので、よほど緊急の用事でもなければ、メッセージの連投はしないことにしている。
七瀬から連絡したという証拠が残れば、それでいいのだから。
山手線に乗り換え、恵比寿で下車する。時間は二十二時三十分。
吐き出す息は真っ白で、足下から冷気が立ち上って来る。凍えるほどの寒さだった。
手に息を吹きかけてからヨガマットを担ぎ直すと、七瀬は自宅に向かって歩き出した。
駅から二人の住むマンションまで徒歩十分ほどだ。遠くはないが、この寒さで風もあるので、寒さが身に堪える。
しかも歩くうちに、空から雨粒とも雪とも言えないものが落ちてきた。
「みぞれ……?」
そういえば雪マークがついていた。珍しく天気予報が当たったみたいだ。
急ぎ足でマンションに戻ると、エレベーターで五階に上がる。
リュックから鍵を取り出し、扉を開けて「ただいま」と声をかけようとしたのだが、声は喉の奥に戻ってしまった。
自動点灯した玄関には、宗吾のスニーカーと、華奢でかわいらしいデザインのハイヒールが仲良く並んでいた。
それは七瀬のものではない、見知らぬ女性の靴――。
プライベートでは精彩を欠く日々を送っているが、このワークショップはずっと楽しみだった。
今回のテーマは『体と心のデトックス』。
呼吸法とアーサナで体内の毒素を排出しつつ、心の浄化も促すのだ。前々から決まっていたテーマとはいえ、今の七瀬に一番必要なものかもしれない。
このワークショップで、自分自身も心身ともに毒素を抜き、清々しい気持ちで東京に帰る。そして、今抱えている懸念もすべて排出するのだ。
でも、いくら頭の中で理想を思い描いたとしても、現実は七瀬の希望と真逆の方へ向かっていく。
彼を操作しようと思っているわけでは決してないのだが、想像もしない方に着地するので、頭を抱える結果になってしまう。
今回は、その不安どおりにならないといいのだが……。
百二十分のワークショップは、定員である三十人の枠がすべて埋まっていた。
東京を離れたせいか、このところ乱れがちだった七瀬の気持ちも落ち着いていたし、受講してくれた名古屋スタジオの生徒たちからも好評だった。
たくさんの質問があったので、時間が許す限り一人一人に答え、ヨガについて語らううちに、心のデトックスもすっかり完了していた。
常にこの状態でいられればベストなのだが――。
(今なら、宗吾さんともうまく話せる気がする)
本来、もう一泊してベテラン講師のクラスを受講するつもりだった。
だが、そのことについて宗吾はかなり難色を示していたし、自分のことを認めてもらうなら、七瀬も彼の要望には応えてみせる必要があるはずだ。
(機会はまたあるだろうし、今日は帰って、宗吾さんと話してみよう)
名古屋スタジオの講師たちに挨拶をし、ワークショップ後に受講者からのアンケートなどをまとめ、名古屋でのすべての用事が済んだのが十九時過ぎだ。
今からスタジオを出れば、途中で食事をしたとしても、二十二時過ぎには恵比寿の自宅に帰れるだろう。
「寒い……!」
スタジオを出たら風が冷たく、今日は一段と冷え込みが増していた。
名古屋の方が東京よりやや寒いようだが、天気予報を見ていたら、驚くことに東京でも夜間に雪マークがついていたから、今日は全国的に真冬日なのだろう。
新幹線に乗り、『やっぱり今日帰ろうと思う』と宗吾にSNSでメッセージを送るが、品川に到着しても既読はつかなかった。
でも、通知欄だけ読んで未読無視されるのはよくあることだ。
だからと言って、あまり立て続けにメッセージを入れると「いつでも返事できるわけじゃないんだよ!」と声を荒らげられたことを思い出すので、よほど緊急の用事でもなければ、メッセージの連投はしないことにしている。
七瀬から連絡したという証拠が残れば、それでいいのだから。
山手線に乗り換え、恵比寿で下車する。時間は二十二時三十分。
吐き出す息は真っ白で、足下から冷気が立ち上って来る。凍えるほどの寒さだった。
手に息を吹きかけてからヨガマットを担ぎ直すと、七瀬は自宅に向かって歩き出した。
駅から二人の住むマンションまで徒歩十分ほどだ。遠くはないが、この寒さで風もあるので、寒さが身に堪える。
しかも歩くうちに、空から雨粒とも雪とも言えないものが落ちてきた。
「みぞれ……?」
そういえば雪マークがついていた。珍しく天気予報が当たったみたいだ。
急ぎ足でマンションに戻ると、エレベーターで五階に上がる。
リュックから鍵を取り出し、扉を開けて「ただいま」と声をかけようとしたのだが、声は喉の奥に戻ってしまった。
自動点灯した玄関には、宗吾のスニーカーと、華奢でかわいらしいデザインのハイヒールが仲良く並んでいた。
それは七瀬のものではない、見知らぬ女性の靴――。