そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
 恵比寿にはとても戻れないし、こんな時間にいきなり実家に帰ったら、家族に心配させてしまう。終夜営業のカフェでもあればいいが、昨今そういうお店は激減した。
 でも、それを解決する気力も湧いてこない。

 とぼとぼと歩いていたら、公園を見つけた。雪の降る土曜深夜、人の姿は見当たらない。
 濡れたブランコに座ってゆらゆら揺れながら、しばらくぼうっとしていたが、衝撃的なシーンを思い出してしまい、七瀬はうなだれた。

 七瀬が見たのは玄関先の靴だけで、寝室にいた二人が何をしていたかは見ていない。
 でも、見なくても聞こえてしまったのだ。あんなの、勘違いのしようもない。
 やっぱり表参道で見たのは、見間違いでも誤解でもなかった。

 七瀬が今夜は帰らないと言ったから、これ幸いと彼女――大楠沙梨を家に入れたのだろうか。
 日曜クラスを受講することには不満そうだったのに、陰では七瀬が不在で快哉を叫んでいたのだろうか。
 宗吾の気持ちが離れつつあったのはなんとなく察していたが、二人で築き上げてきた大事な場所を、宗吾はいともたやすく踏みにじったのだ。

 感情が凍りついてしまったみたいに、動かない。

 そのとき、コートのポケットに入れていたスマホが震えた。
 宗吾からのリプライだろうかと、恐々スマホの画面を覗き込んだが、未登録の携帯番号からの着信だった。
 こんな時間に知らない番号からの電話なんて、怖くて出られない。放っておいたらやがて切れたが、短時間に同じ番号からの着信履歴がたくさんついていた。
 さっきまで歩いていたから、着信に気が付かなかったのだろう。

 画面を見つめたまま困惑していたら、またスマホが鳴り出した。気味が悪くて着信拒否しようとしたのだが、手が冷え切っていたせいかスマホが操作に反応してくれない。
 指を擦って温めてからもう一度操作したら、間違って通話状態になってしまった。
 すると、間髪容れず――。

『七瀬センセー! 今どこ!?』

 凍りついていた七瀬の表情が、そのときようやく動いた。
 スピーカーから流れてきた男性の声は――陣のものだったのだ。
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