そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
「――ありがとうございます。陣さんが正直に言ってくださったので、私も正直になりますね」

 少し照れくさくて睫毛を伏せて目許を隠しながら、ぎこちなくはにかんだ。

「とってもうれしいです。私も、陣さんのことがとても好きです。でも……」

 言葉を切ると、まっすぐ彼の目を見つめ返した。陣は少し緊張しているような面持ちだ。とても、緊張などしそうにない人なのに。

 七瀬の言葉を、こんなふうに待ち望んでくれる人がいる。七瀬にやさしい言葉をかけてくれる人がいる。
 冷たい否定の言葉をたくさん浴びせられ、揚げ足を取られ、言葉を封じられてきた七瀬にとって、それはとても尊く、心が温まる出来事だった。

「今、この場で陣さんの気持ちを受け入れてしまったら、私も宗吾さんと同じ浮気者になってしまいます。きちんとけじめをつけたいので、それまで時間をもらえますか?」
「もちろん。誰かから非難される間柄にはなりたくないですから。そういう七瀬さんのまっすぐなところも、俺は好きです」

 力強く即答され、胸がドキドキする。見つめ合った一瞬、急に恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

「あ、でも私、傍から見たら、簡単に恋人を乗り換えてる軽い人みたいじゃないですか……? 正直でいるのも、ときには感じが悪いものですね」

 陣はそんなふうに思わないだろうけど、見る人によっては、七瀬のことを日和見の尻軽女だと思うのではないだろうか。
 でも、陣は穏やかに笑ったままだ。

「俺は正直(サティヤ)という教えに感謝してますけどね。それに、別に簡単ではなかったでしょう? 俺が知るよりずっと前から、七瀬さんは悩んで努力してここまできたはずだから。あなたが手放そうとしているものは、昨日今日の出来事に対する単純な結果ではないはずです」
「――――」
「七瀬センセーのこれまでのレッスンで、自分にやさしくあるのがヨガだと俺は学んできました。自分を労ることに罪悪感はいらないです。俺も、七瀬さんの決断を裏切るような真似はしないとお約束します。だから、安心して」

 陣の真摯な言葉が胸に染み入ってきて、ぼろっと大粒の涙が浮かんでこぼれた。
 宗吾に目の敵にされてきたせいもあって、レッスンをすることに心のどこかで罪悪感があったのかもしれない。
 でも今、足掻いてもがいた日々が報われた気がした。

 やさしく流れる空気と時間に心が満たされていくのを感じて、七瀬は泣きながら笑った。
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