そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
最初に七瀬の彼氏を見かけたのは、『Vintage Voltage』店内だ。衆人環視の中、語気荒く七瀬を責め立て、彼女を置き去りにしたとき。
カウンターでビールを飲んでいたら、七瀬が店内に入って来たのが見えた。
見知った人だったのでつい注目してしまったが、明らかに待ち合わせ顔だったので声はかけずにおいた。
男の前に座ったので、(彼氏がいるのか――)と微かに落胆したのは覚えている。
七瀬は通っているヨガ教室のインストラクターなので、別に口説こうだとか考えていたわけではないが、本当にかわいらしい人だ。軽く言葉を交わすだけだったが、彼女にはいい印象しか持っていなかった。
――それきり目で追うのはやめたが、男の責めるような口調がいやでも耳に入ってきた。
思わず振り返ったら、近くの客が彼らの様子を見て引き気味の顔をしているではないか。
陣から見えたのは男の後姿と七瀬の顔だが、彼女が必死に笑みを浮かべ、不穏な空気を穏便に持って行こうとしている姿が印象的で、同時に不憫だった。
会話の内容までは聞こえなかったが、陣の知る限り、彼女は穏やかで朗らかな女性であり、決して人を怒らせるタイプではない。
あのやさしい雰囲気は、ヨガインストラクターとして取り繕うために作ったキャラクターではなく、彼女の地のはずだ。
そんな彼女に頭ごなしに物を言い、不安そうな顔をさせ、挙句の果てに待ち合わせしていた店に置き去りにして帰る男の対応に目を見張った。
(恋人じゃないのか……?)
女性に――というか、誰かを詰って放り出して立ち去るという、陣には思いつきもしない行為にただただ驚いた。
七瀬は後を追いかけようとしたものの、たぶん料理をオーダーしたことを思い出したのだろう。周囲の好奇の目にさらされながらも、気まずそうに座り直した姿に胸が痛んだ。
だから、声をかけずにはいられなかった。
当の七瀬はそんな扱いをされたのに恨み言を漏らすでもなく、反省と言って自戒していたが、あまりに人が良すぎて逆に不安になった。
二度目は、つい先日の水曜日。
いかにも会社帰りといったスーツ姿の陣と一緒に歩いていただけなのに、いきなり七瀬を怒鳴りつけて強引にひきずって帰ったのだ。
その言い分も、ずいぶん乱暴なものだった。
さすがに怒りが湧いたが、七瀬は事を荒立てたくなかったのだろう。首を横に振って、陣に笑いかけてきた。
陣自身は決して気性が荒い性格ではないが、理不尽なことをされて黙って耐える趣味はない。七瀬ほど達観していないし、そこまで平和主義に徹するつもりもないから、あの男に物申してやろうと思った。
しかし、現状の陣は、彼女にとって顔見知り――せいぜい数いる生徒の一人でしかない。
彼ら二人の間に口を挟める立場ではないし、そうやって第三者の自分が割り込むことで、七瀬の立場が悪くなる可能性だって否定できない。
今の自分では、七瀬の受け皿になれないのだ。
そう考え、あのときは思いとどまって後ろ姿を見送ったが、次はない。そう考えた矢先の出来事が、昨晩のこと。
カウンターでビールを飲んでいたら、七瀬が店内に入って来たのが見えた。
見知った人だったのでつい注目してしまったが、明らかに待ち合わせ顔だったので声はかけずにおいた。
男の前に座ったので、(彼氏がいるのか――)と微かに落胆したのは覚えている。
七瀬は通っているヨガ教室のインストラクターなので、別に口説こうだとか考えていたわけではないが、本当にかわいらしい人だ。軽く言葉を交わすだけだったが、彼女にはいい印象しか持っていなかった。
――それきり目で追うのはやめたが、男の責めるような口調がいやでも耳に入ってきた。
思わず振り返ったら、近くの客が彼らの様子を見て引き気味の顔をしているではないか。
陣から見えたのは男の後姿と七瀬の顔だが、彼女が必死に笑みを浮かべ、不穏な空気を穏便に持って行こうとしている姿が印象的で、同時に不憫だった。
会話の内容までは聞こえなかったが、陣の知る限り、彼女は穏やかで朗らかな女性であり、決して人を怒らせるタイプではない。
あのやさしい雰囲気は、ヨガインストラクターとして取り繕うために作ったキャラクターではなく、彼女の地のはずだ。
そんな彼女に頭ごなしに物を言い、不安そうな顔をさせ、挙句の果てに待ち合わせしていた店に置き去りにして帰る男の対応に目を見張った。
(恋人じゃないのか……?)
女性に――というか、誰かを詰って放り出して立ち去るという、陣には思いつきもしない行為にただただ驚いた。
七瀬は後を追いかけようとしたものの、たぶん料理をオーダーしたことを思い出したのだろう。周囲の好奇の目にさらされながらも、気まずそうに座り直した姿に胸が痛んだ。
だから、声をかけずにはいられなかった。
当の七瀬はそんな扱いをされたのに恨み言を漏らすでもなく、反省と言って自戒していたが、あまりに人が良すぎて逆に不安になった。
二度目は、つい先日の水曜日。
いかにも会社帰りといったスーツ姿の陣と一緒に歩いていただけなのに、いきなり七瀬を怒鳴りつけて強引にひきずって帰ったのだ。
その言い分も、ずいぶん乱暴なものだった。
さすがに怒りが湧いたが、七瀬は事を荒立てたくなかったのだろう。首を横に振って、陣に笑いかけてきた。
陣自身は決して気性が荒い性格ではないが、理不尽なことをされて黙って耐える趣味はない。七瀬ほど達観していないし、そこまで平和主義に徹するつもりもないから、あの男に物申してやろうと思った。
しかし、現状の陣は、彼女にとって顔見知り――せいぜい数いる生徒の一人でしかない。
彼ら二人の間に口を挟める立場ではないし、そうやって第三者の自分が割り込むことで、七瀬の立場が悪くなる可能性だって否定できない。
今の自分では、七瀬の受け皿になれないのだ。
そう考え、あのときは思いとどまって後ろ姿を見送ったが、次はない。そう考えた矢先の出来事が、昨晩のこと。