そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
 虎の威を借る狐みたいで陣には申し訳ないが、この場で彼にかばってもらえることが、七瀬にとってどれだけありがたいことだろうか……。

「俺を関係者にしたのはそっちだよ。あんたがこの店に七瀬さんを置き去りにしなければ、俺が七瀬先生に声をかけることはなかった。あんたが嘘出張で表参道にいなければ、俺が七瀬さんと出くわすこともなかった。あんたが自宅で浮気なんかしてなきゃ、俺が雪の夜に七瀬を探し回ることもなかった! 自分がどれだけひどいことを言ってるのか、もう少し客観視してみたほうがいい。これ以上は、彼女を怯えさせるだけだから、あんたは手を引いてくれないか。七瀬さんは俺が――」

 陣の略奪宣言を察して、宗吾が顔面蒼白になったときだった。テーブルに置いてあった宗吾のスマホから振動音が響いた。
 全員の視線が一斉にそちらに向く。
 宗吾のスマホは、以前使っていた古い機種だ。最近、新機種に買い替えたばかりだったはずなのに。
 もちろん、今はそんなことに言及する場ではないが、ちょっとだけ気になってしまった。

「チッ」

 宗吾は着信を見て舌打ちしたが、表示されている名前が目に入った途端、顔色を変えた。
 修羅場の真っ最中だが、中断してスマホを取り上げると、宗吾は咄嗟に通話ボタンを押してテーブルから遠ざかる。

 離れ際、「お疲れ様です、イオキベ本部長……」と宗吾が業務モードに戻る声が聞こえてきたのが印象的だ。
 結局その場に置いてけぼりを食らい、七瀬は陣と顔を見合わせた。

 店の外に出た宗吾は、電話をしながらぺこぺこ頭を下げ、浮かない顔をしている。
 それを遠くに見やりながら、肩透かしを食らいつつも、陣が気遣うように声をかけてくれた。

「七瀬さん、大丈夫……?」
「は、はい――。ごめんなさい、陣さんにもひどいことを……」
「いや、俺は大丈夫だけど、七瀬さんこそあんな言われ方――彼、普段からあんな感じなんですか?」

 さっきまでの強い物言いから一変、いつもどおりの丁寧な口調に戻った陣に、七瀬は微笑してみせた。このやさしい人の前で、あまり沈んだ顔は見せたくない。

「いつもではないですが、私が地雷を踏むと、ときどき」

 額に指を当て、陣がため息をついた。

「しかもその地雷、どこに埋まってるかわからないやつですよね。徹底的に自分の責任を回避して、先回り先回りで責任をなすりつけてくる典型的なモラハラだし、これを会社でやってたら立派なパワハラなんですが」 

 加熱した空気を突然冷やされて、陣も調子が狂ってしまったようだ。いったん冷静に戻った後で、どんなテンションで続きを話せばいいのだろう。
 だが、青ざめた顔で戻って来た宗吾は、コートと荷物を持つと七瀬を睨みつけ、無言で踵を返した。

「え、宗吾さん!」

 あわてて店を飛び出す宗吾を、立ち上がって呆然と見送った。
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