そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
「大丈夫ですよ、センセー。いざとなったら、うちの屈強なウエイターがつまみ出してたから。それにまあ、ときどきあることなので。でも、あれ彼氏? やめといたほうがいいですよ。彼女を怒鳴りつけるなんて、ろくな男じゃないから」

 怒鳴られるのは、いつも自分が悪いからだと思ってきた七瀬にとって、陣や潤の言葉はひどく身に染みる。
 彼の言葉や態度と、七瀬の学んできたヨガの考え方は整合性が取れなくて、いつも板挟みになっているような窮屈さがあったのだ。

「七瀬さん、カウンターに移動しようか。お腹空いたでしょ」
「とっておきの料理をお持ちしますよ」

 三門兄弟に促されてカウンター席に移ると、陣がメニューを目の前に置いてくれた。

「兄貴、新しいラガーを。七瀬さんは何にしますか?」
「でも、さっきのまだ飲みかけで……」

 テーブルを振り返ったら、ウエイターがさっさと下げにかかっていた。

「気分、切り替えましょう。俺のお勧めでよければ、勝手に注文しちゃいますけど」
「じゃあ、陣さんのお勧めでお願いします」

 七瀬をカウンターの壁際に座らせ、その隣に腰を下ろした陣が、「ホットバタード・ラム」とオーダーを通す。
「ホットバター?」

 カクテルとの取り合わせが想像できず、目を瞬かせた。

「バターにシュガー、シナモンやナツメグなんかのスパイスを入れたホットのダークラムカクテルですよ。あったまるし、スパイスが効いてるからリラックス効果もあります」

 ざわついている七瀬の気分をリラックスさせるためのチョイスなのだろう。彼の気遣いがうれしかった。

「陣さんもカクテルに詳しいんですね」
「兄貴がこんな仕事してるから、自然と色々覚えました。ところで七瀬さん、彼の勤めてる会社、どこですか」

「アストラルテックソリューションズです。それがどうかしましたか?」
「いや、ちょっと気になっただけ。アストラルテックか」

「ご存じですか?」
「IT関連で有名な会社ですしね。あ、電話だ。ちょっと失礼。――お疲れ様です、三門です」

 陣も電話のために席を離れてしまったが、ホットバタード・ラムが提供されると同時に戻って来た。

「すみません、仕事の電話でした」
「お忙しいのに、こんなことに付き合わせて本当にごめんなさい」
「いえ。俺が勝手に首を突っ込んだんですから。それに、仕事といってもちょっとしたイレギュラーの報告を受けただけですので」

 そういえば、陣は専務取締役という地位にいる役員側なのだ。細々した報告はたくさん入ってくるのだろう。
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