そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛
第27話 How much?
「――もうちょっと空気読んでくれないかな」
兄の横槍に、陣は迷惑そうな――すこし気まずそうな顔を向ける。
たぶん、七瀬を口説くことに一生懸命になっていたせいで、兄の目の前だったことを失念していたのだと思われた。
「兄として、弟が必死に女性を口説きにいってるのを応援したい気持ちはあるんだけど、店長として、最高の状態の料理を提供したい気持ちもあって、せめぎあいだよ。しかし、いいもの見せてもらったなぁ。あの陣がねえ……」
そうしてまたくすくす笑い、潤は七瀬に顔を向けた。
「七瀬さん、こいつまだちょっと猫かぶってますけど、決して悪い男ではないので、そこは兄として保証します。どうぞよろしくお願いしますね」
「私こそ、陣さんにはいつも助けていただいていて、こんなに甘えてばかりでいいのか不安になってしまいますが……。潤さんにもよくしていただけて、とてもうれしいです」
すると、カウンター越しに会話する七瀬と潤の間に身を乗り出して、陣が遮った。
「邪魔するな、兄貴。俺がやっと恋人の称号をもらえたところなのに、先にそっちがよろしくするな」
「ああ、やだやだ。狭量な男は嫌われるよ」
潤は別の客のところへ行ってしまったが笑っていたし、仲のいい兄弟の会話に、さっきまでささくれ立っていた気持ちがすっと和んだ。
「食べ終わったら、七瀬さんの荷物を取りに行こう。彼もあの調子じゃ、そんな早く帰ってこないだろうし」
「どうしてわかるんですか?」
宗吾が会社に戻ったのは確かだが、早く帰らないかどうかはわからないのに。
すると、陣が内緒話をするように、七瀬の耳元に顔を近づけてきた。
その距離感にどきどきしてしまうが、彼のささやいた内容に驚き、目を丸くする。
「え――え!?」
「これ以上のことはまだわからないので、この話はここまで。七瀬さんの部屋、どんなふうにするか楽しみだな」
陣の内緒話に心のほとんどを持っていかれてしまったが、陣が強引に話を変えた。
「私の部屋?」
「うちに使ってない部屋があと二つあるから、帰ったら見てみて。好きな方を使っていいよ」
『帰ったら』と言われ、本当にあの家で暮らすことになるのかと、展開のめまぐるしさとともに緊張感が走った。
恋人になったばかりでもう同棲なんて、いくら納得ずくだとしても、世間一般からみるとなかなかの展開だ――。
しかし、未使用の部屋がまだあるというのは驚きだった。数日お邪魔したものの、七瀬が寝泊まりしたゲストルームとリビング、洗面所しか知らない。
「それは、あのゲストルームとは別にですか?」
「うん。七瀬さんのベッドは新しく買うことにして……」
揚げたてのポテトをつまみながら、陣はさくさくと引っ越しの計画を立てる。
七瀬の気が変わらないうちにと、外堀を固められている気がしなくもなかったが、これまではずっと控えめだった陣が、ぐいぐい押してくるのはちっとも嫌ではなかった。
提案がどれも具体的で現実味のある話ばかりだし、すべてに七瀬の意見を聞いてくれる。
でも、一番現実味がないのは、陣のあの家の賃料――。
宗吾に支払っていた七万円というのは、七瀬がひとり暮らしをしていた千歳烏山のアパートの家賃だ。
彼から一緒に住もうと誘われたとき、七瀬の収入では恵比寿のマンションの家賃は、半分でも支払うのが難しかったので、一度は断ったのだ。
でも、宗吾に「今の家賃をまんまこっちに入れてくれればいいから」と言われ、同棲となったという経緯がある。
だから宗吾の「七万ぽっちのはした金で恵比寿に住まわせてやってる」という物言いには絶句し、内心でカチンときてしまったのだ。
もちろん、その「カチン」はすぐに感謝へと昇華させたが、もやもやが残ったのは事実である。
兄の横槍に、陣は迷惑そうな――すこし気まずそうな顔を向ける。
たぶん、七瀬を口説くことに一生懸命になっていたせいで、兄の目の前だったことを失念していたのだと思われた。
「兄として、弟が必死に女性を口説きにいってるのを応援したい気持ちはあるんだけど、店長として、最高の状態の料理を提供したい気持ちもあって、せめぎあいだよ。しかし、いいもの見せてもらったなぁ。あの陣がねえ……」
そうしてまたくすくす笑い、潤は七瀬に顔を向けた。
「七瀬さん、こいつまだちょっと猫かぶってますけど、決して悪い男ではないので、そこは兄として保証します。どうぞよろしくお願いしますね」
「私こそ、陣さんにはいつも助けていただいていて、こんなに甘えてばかりでいいのか不安になってしまいますが……。潤さんにもよくしていただけて、とてもうれしいです」
すると、カウンター越しに会話する七瀬と潤の間に身を乗り出して、陣が遮った。
「邪魔するな、兄貴。俺がやっと恋人の称号をもらえたところなのに、先にそっちがよろしくするな」
「ああ、やだやだ。狭量な男は嫌われるよ」
潤は別の客のところへ行ってしまったが笑っていたし、仲のいい兄弟の会話に、さっきまでささくれ立っていた気持ちがすっと和んだ。
「食べ終わったら、七瀬さんの荷物を取りに行こう。彼もあの調子じゃ、そんな早く帰ってこないだろうし」
「どうしてわかるんですか?」
宗吾が会社に戻ったのは確かだが、早く帰らないかどうかはわからないのに。
すると、陣が内緒話をするように、七瀬の耳元に顔を近づけてきた。
その距離感にどきどきしてしまうが、彼のささやいた内容に驚き、目を丸くする。
「え――え!?」
「これ以上のことはまだわからないので、この話はここまで。七瀬さんの部屋、どんなふうにするか楽しみだな」
陣の内緒話に心のほとんどを持っていかれてしまったが、陣が強引に話を変えた。
「私の部屋?」
「うちに使ってない部屋があと二つあるから、帰ったら見てみて。好きな方を使っていいよ」
『帰ったら』と言われ、本当にあの家で暮らすことになるのかと、展開のめまぐるしさとともに緊張感が走った。
恋人になったばかりでもう同棲なんて、いくら納得ずくだとしても、世間一般からみるとなかなかの展開だ――。
しかし、未使用の部屋がまだあるというのは驚きだった。数日お邪魔したものの、七瀬が寝泊まりしたゲストルームとリビング、洗面所しか知らない。
「それは、あのゲストルームとは別にですか?」
「うん。七瀬さんのベッドは新しく買うことにして……」
揚げたてのポテトをつまみながら、陣はさくさくと引っ越しの計画を立てる。
七瀬の気が変わらないうちにと、外堀を固められている気がしなくもなかったが、これまではずっと控えめだった陣が、ぐいぐい押してくるのはちっとも嫌ではなかった。
提案がどれも具体的で現実味のある話ばかりだし、すべてに七瀬の意見を聞いてくれる。
でも、一番現実味がないのは、陣のあの家の賃料――。
宗吾に支払っていた七万円というのは、七瀬がひとり暮らしをしていた千歳烏山のアパートの家賃だ。
彼から一緒に住もうと誘われたとき、七瀬の収入では恵比寿のマンションの家賃は、半分でも支払うのが難しかったので、一度は断ったのだ。
でも、宗吾に「今の家賃をまんまこっちに入れてくれればいいから」と言われ、同棲となったという経緯がある。
だから宗吾の「七万ぽっちのはした金で恵比寿に住まわせてやってる」という物言いには絶句し、内心でカチンときてしまったのだ。
もちろん、その「カチン」はすぐに感謝へと昇華させたが、もやもやが残ったのは事実である。