そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛

第28話 もう、おしまい

 車内ではかなりリラックスできたものの、いざマンションが近づいてくると体が自然に強張っていく。

 駅からほど近い、恵比寿南にある五階建てのマンションで、宗吾と七瀬の部屋は最上階。
 下から見ると、部屋に明かりはついていないので、宗吾は戻っていないようだ。

「では、私はここで待ってますので」

 マンション前の路肩に拓馬が車を停め、陣が車を降りる七瀬のエスコートをしてくれた。

「今日のところは着替えと貴重品だけ引き上げて、他の物は彼と話をつけてから堂々と取りに来よう」
「……あの、陣さん。玄関まで、一緒に来てくれますか――?」

 宗吾が不在なのはわかっているが、なんとなく一人で戻るのが怖くて、無意識に陣の袖を指で引っ張っていた。

「もちろん。じゃあ拓馬、少し待ってて」

 エントランスからエレベーターを使って上へ。前回、ここへ戻って来た日は、鍵を開けた瞬間に知りたくない現実を知ってしまい、逃げたのだ。
 同じ道をたどりながら、あの夜の光景がかなりトラウマになっていることを知った。精神的には強い方だと思っていたが、やはりショッキングで……。

 自然と(こうべ)が垂れていたが、陣がさりげなく手を握ってくれたのでハッと顔を上げる。
 あたたかくて大きな手に覆われていると、心細さもあっという間に吹き飛ぶから不思議だ。
 陣の存在に助けられて、自宅――そう呼べる心境ではないが――の前に立つと、おそるおそる鍵を回して扉を開ける。

 玄関は自動消灯なので明かりが点くのはわかっているはずなのに、明るくなった途端に胸がバクバクと音を立てはじめた。
 嫌な記憶がフラッシュバックする。

「なんだか……お化け屋敷に入る気分です」

 おどけたふりをして陣に苦笑してみせると、彼は笑って七瀬の頭を撫でた。

「お化けが出ても、俺がいるから心配しないで」

 この人はきっと有言実行なんだろうなと思えて、今度は心から笑った。

「恃みにしています。ちょっとだけここで待っていてください」

 陣を玄関扉の外で待たせると、七瀬は深呼吸して家の中に入った。
< 82 / 102 >

この作品をシェア

pagetop