それらすべてが愛になる
 それからどういう会話をしたのか、何を食べたのかもあまりはっきりと記憶に残っていなかった。

 ただ、隣りの男性がノンアルコールでも陽気で上機嫌だったことと、一通り料理を食べ終わると挨拶をしてサッと席を立ったことを覚えている。

 その去り際を見て、ああいうのが大人の嗜みというのかなとぼんやりと見送ってから、すでに1時間ほど経っていた。

 自分もそろそろ帰ろうと、カウンター越しに伝票を渡してお会計をお願いする。すると店主はあぁ、と何か思い出したようにぽんと手を叩いた。

 「お会計なら先ほどのお客さんにいただいてますよ」

 「えっ!?」

 「それからお釣りは貴方にって」

 レシートとともに、数枚のお札と小銭を渡されそうになって慌てる。

 「そ、そんな受け取れないです!」

 「えぇ、でもお店としてもいただくわけにはいかないんですよ」

 あの男性は常連のようだったし、店主に自分の分の代金を渡して次に来店したときに返してもらおうとも思ったが「万が一トラブルに発展したら困るのでお金は預かれないんです」と断られる。

 店主も困ったような顔をしていて、結局半ば強引に受け取る羽目になってしまった。

 また、他人に借りができてしまった。
 しかも今回は名前も分からない、二度と会わないであろう人に。

 「ありがとうございましたー」

 来店したときと同じ快活な笑顔の店員に見送られて、清流は狐につままれたような気分で居酒屋を出た。

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