それらすべてが愛になる
 駅に向かって電車に乗ると、三十分ほどで最寄り駅に着く。
 そこからマンションまでの道のりを、いつもよりゆっくりとした足取りで歩いた。

 (もう帰っているのかな…)

 洸を好きだと自覚した今、どう向き合えばいいのだろう。

 洸はどうして婚約者役に自分を選んだのか。
 いまだに教えてもらえていないけれど、その答えも『たぶん言ったら怒るだろうから』と濁したその理由も、今は何となく予想がついている。

 持ち込まれる縁談から逃れるために、都合よく目の前にいたのが清流だっただけのこと。

 『なぜ自分が?』にそれ以上の理由はなく、形式上は『婚約者』ではあるけれどそれはただの記号にすぎないと分かっている。

 そんな相手を、自分は好きになってしまった。

 考えれば考えるほど、この恋には先がないことに気づかされる。


 (あぁ、もう着いちゃった……)

 普段より倍近い時間をかけて、マンションの前に辿り着く。
 守衛の男性に挨拶をして、ライトアップされた中庭を殊更ゆっくり眺めながらエントランスホールへと進んだ。

 「お帰りなさいませ」

 エントランスホールのカウンターにはコンシェルジュの女性が立っていた。

 「あ、こんばんは…」

 スーツの胸元には『金井』の名札がある。
 この女性は清流が引っ越しの手続きや当日にも対応してくれた人であり、それ以降もシフトの関係からか顔を合わせることが多かった。

 「……あの、加賀城さんってもう帰ってきていますか?」

 「申し訳ございません、住人の方であっても私どもの口からはお教えすることはできないんです。必要であればお部屋にお電話いたしましょうか?」

 申し訳なさそうに謝る金井に、清流の方が恐縮してしまった。

 「いえ大丈夫です、ごめんなさい」

 コンシェルジュの人を困らせてしまった。
 セキュリティがしっかりしているマンションなのだから、たとえ同じ部屋に住んでいても簡単には教えられないというのは当然のことだった。

 もし帰っているのなら心構えをしておきたいと思ったのだけれど―――いくらここで逡巡したところで、あの部屋に帰るしかない。

 (……とにかく、帰ったら加賀城さんに今日のことを謝ろう)

 清流はバッグからキーを取り出して、扉の前の操作盤にかざした。

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