それらすべてが愛になる
 抱きかかえられた感覚が、幼い日々にフラッシュバックした。

 あれはいつのときだったか。

 旅行帰りの車の中で眠ってしまい、目が覚めると外は真っ暗だった。もうすぐ家に着くからな、と父の声が聞こえる。

 ――あぁ、どうせなら家に着くまで眠っていたかった。

 何とかもう一度眠れないものかと目を閉じるけれど、結局二度寝はできないまま家の駐車場で車が止まる。
 まず運転席の父が降りて、母が自分を起こすために助手席から振り返ったのが、閉じた目蓋越しに分かった。

 清流、起きてるんでしょう?早く降りてきなさい。

 長距離移動の疲れからか珍しく少し苛立った口調の母に、清流が観念して目を開けようとしたとき、父が後部座席のドアを開けて、そっと抱きかかえて下ろしてくれたのだ。

 たぶん狸寝入りだと分かっていても、起こすことなく気づかないふりをして、子ども部屋まで運んでくれた父。

 仕方のない子ねぇ、と言って笑いながら、優しく掛け布団をかけてくれた母。

 あの時の例えようのない安心感と幸福感は、大人になった今も忘れない。


 両親と過ごした十四年は、十分な長さではなかったかもしれないけれど、十分すぎるほどの愛情を受けたと思っているし、そのことが今の清流を支えている。

 でも。

 微睡む意識の底で、今自分が包まれる安心感は、記憶の中のそれとは似て非なるものだと分かる。

 あるのは安心感だけではない。
 嬉しいのに気恥ずかしくて、泣き出してしまいそうなほど苦しい。


 「……洸さん」

 清流が洸を名前で呼ぶのは、これが初めてだった。

 「なんだ」

 「いえ、呼んでみたかっただけです」

 「……早く寝ろ」

 少しだけ笑う息が洸の胸にかかる。
 それから少し経って、清流の寝息が聞こえてきた。

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