それらすべてが愛になる
 どうしたものかと、洸は訳もなく目を部屋の中へと彷徨わせる。

 清流が来てから部屋の中に入ったのは初めてだが、備え付けの家具以外に物が増えた様子はない。それでも人が暮らす生活感が確かにあって、以前とは印象がまるで違った。

 ふと、チェストの上に置かれた写真と、花瓶に飾られた花が目に入る。
 前にマルシェで買ったオレンジのトルコキキョウだ。

 (部屋に飾るって、そういうことか)

 あれから数週間経つのにまだ枯れていない。熱心に長持ちさせる方法を聞いていただけあって、驚くほど綺麗に保たれている。

 フォトフレームに入った写真には、両親と制服姿のあどけない清流が写っていて、背景に桜の木が見える。中学の入学式だろうか。

 清流の方に手を置く両親は穏やかな笑顔を浮かべている。
 その1枚の写真だけで、清流がとても愛されて育ったのだろうと分かった。

 (言っておきますが、これは不可抗力なので…)

 清流に抱きつかれた状態で初対面を果たしている今、洸は写真に向かって意味もなく言い訳をしてから、そっと目線を清流に戻した。

 華奢な肩に伏せられた長い睫毛、寄り掛かる温かい体の重み。
 初めは戸惑った自分とは違うシャンプーの香りにも、今はすっかり慣れてしまった。

 身じろぎをして起きてしまわないように、たっぷり時間をかけてからそっと寝顔を覗く。規則正しい寝息を聞きながら、洸はずっと詰めていた息を盛大に吐き出した。


 イタリアで最初にあった日の夜。
 あのときも清流は自分の話をしながらワインを飲んで、いつの間にか寝ていたことを思い出す。

 ―――In vino veritas.(ワインの中には真実がある)

 そんなラテン語のことわざが、朧げに頭に浮かんだ。


 「……三度目は、ないからな」


 とりあえず、ワインを外で飲むのは禁止にさせよう。
 そう心に誓うのだった。

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